8 戯れ
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それからぽつりぽつりと他愛もない会話をして店を出ると、時刻はまだ9時を回る前だった。いや、家を出てからもう2時間近くも経っていた。
特にこの後の目的も話していないので、私は彼女を背に帰路を先行しようとする。
「ちょっとまって」
仄かに紅みがかった声だった。私は首だけで振り返る。
「遊びたい」
私は要領を得られず、たちまち身を翻した。2メートル程ある彼女との距離は、まるで隣にいるような近さだった。
「運動したい」
予想だにしていない言葉に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。今一度、腕時計を見やっても時刻はやはり9時前。正直な所、運動をするのもやぶさかではなく、意外と私も乗り気だった。しかし運動するにしたって、彼女にも私にも、もっとマシな格好がある。
「一旦帰ろう」
「どうして」
「着替えた方がいいんじゃない?」
「このままでいい」
やけに強硬な口調に押し負けて、私は否と言えず「そう」と溢す。
彼女はこのままでいいと言ったが、こんな格好でいいなんて、一体何をするつもりなのか。自分は運動もできそうな格好だからいいとして、彼女が着ているのは明らかに着飾るための衣服だ。とは言っても、ワンピースであれば動きにくくはなさそう……いや、自分で着たことがないから、動きやすいかどうかは知らない。
彼女はタッタと私の傍まで寄ってきて、スマホで何かを調べ始めた。いや何の算段もなく誘ったんかいと心の中でツッコミを入れるが、なんとなく茶化す気分にもなれず、彼女のすらりとした色白い人差し指の動く様子をぼうっと眺める。程なくして、画面をこちらに向けた。
「ここ、行こ」
陽の光が跳ね返ってよく見えず、彼女の手の上からスマホを持ってうまい角度を探ると、スポーツアミューズメント施設が映っていた。写真のすぐ下には「9:30〜」と書いてあり、場所もここから2、3駅の所だった。
手を離し、じっと腕時計の分針を見る。この時間ならすぐ電車が来るはずだ。それに乗れれば、開店より少し早い時間に着けるだろう。
「よし、行くぞ」
出発の宣言と同時に早足で駅へ歩き始めると、「うん」と返事をした彼女が私の横に並んだ。
日曜の午前ということもあってか、揺れれば乗客同士で押しくら饅頭するほど車内は混み合っていた。私たちは電車が到着する直前にプラットホームへ出たため、必然ドアに身体を預ける立ち位置になった。
花乃がドアに背中をピッタリとつけ、私はそんな彼女に被さるような体勢になる。電車が大きく揺れる度、彼女が窮屈にならないよう背中を押し返そうとするが、やはり力負けしてしまって顔と顔が近づく。彼女の髪の匂いが鼻腔をくすぐり、その甘く痺れるような匂いに、電車の揺れが増しているような心地だった。
目的の駅に着くまでの間、彼女の艶やかな黒髪の踊る姿に目を引かれ、富んだ目鼻立ちは見ていて飽きることのないものだった。しかし私が見惚れているのとは反対に、彼女の目は常にそっぽを向き、たまに瞬きと一緒に私の顔を一瞥しては、またすぐ瞬きして元の方を向く。彼女に夢中だった私の意識は、彼女の瞳の動く様子をしっかりと網膜に映していながら、しかしはっきりと認識することはなかった。きっと彼女はさぞかしばつが悪かったのだろうが、私の頭はそんな気遣いすらできずにいた。
私の夢見心地は、駅の到着を告げる声によって
流れが落ち着いた所で、花乃はスマホを取り出す。彼女の「こっちかな」という曖昧な指揮で歩き出すと、突如右腕を柔らかな圧迫感が襲う。
思わず立ち止まって彼女の方を見ると、スマホの案内に集中している様子だったが、立ち止まったことを不審に思ったのか、彼女もまた顔を上げて目が合う。
「道、あってるよ」
その言葉に、私は止めていた足を動かすより他なくなった。
案内を見ながら歩くならこのほうが安全、というつもりで腕を組んできたのは、すぐ理解できた。しかし思った以上にぎゅっと抱き締められて、一歩踏み出す度に、彼女の身体の柔らかさが伝わってくる。肉欲を刺激するその感触に、私の腕は、彼女の身体を感じることしかできなかった。そんな中、わざとなのかという微かな疑念が私の内に湧き上がると、この疑念を確かめる術は、この時はまだなかった。
目的のスポーツ施設は、この辺りの窮屈な土地には目立って巨大な建物だった。入口には既に列ができていて、そこに私たちが加わると、程なく入場のアナウンスが耳に届いた。
外観だけでなく中もかなりの広さがあり、彼女と一緒にパンフレットを見ると、多種多様なスポーツができるようだった。とりあえずメジャーなものを順にやっていくことになったのだが、私は運動というよりも、彼女に合わせて軽く身体を動かしながら、髪やワンピースが揺れる様子を眺めていようと企んでいたのだが、すぐにそんな余裕は失われた。想定以上に彼女が強かったのだ。
彼女の運動神経は抜群に良く、どの動作のどこを切り取っても動きが滑らかで、スポーツ万能タイプであることは素人目にもすぐに分かった。靭やかな身のこなしをまざまざと見せつけられた私は、下手に手を抜いたら負けると確信し、相手が相手であることも忘れ、つい真剣になってしまうのだった。彼女は決まって2人でできるものを選び、最終的に10近い種目で勝負をしたが、やはり軍配は男の私に上がるわけで、負けた彼女はわかりやすく悔しそうだった。
適度に休憩を取りながら、結局午後1時を少し回るまで興じていた。昼食は煩雑しないタイミングがいいと言って、帰り際に軽く食べることになったのだが、想定よりも遥かに激しく、長く、そして真剣に運動していたわけで、ここを出る時には彼女も私も滴るほど汗だくになっていた。そうなると私たちの考えは同じで、まずこの纏わりつく汗を流そうと、食事もせず、帰宅することになった。
駅から
彼女の身体はその時すでに、私おとこの肉欲を掻き立てるためにあった。彼女は、私に身体を見られてもいいと、そのために身体を揺らしているようだった。
この狭い空間で、私たちは下着姿になった。そして、何を合図とするでもなく、じっとりと濡れた下着をも脱ぎ捨て、お互いの身体に一瞥をくれながら浴室へと入った。
風呂も張ってない狭い浴室に二人で入れば、満足にシャワーを浴びることも出来ない。彼女がそれを分かっていないはずがなかった。
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