十二章 世界一の錬金術師

 ハンスと結婚してから一年が経過した頃の事。国王に呼び出されたソフィア達の姿は謁見の間にあった。


「「「世界一の錬金術師!?」」」


驚愕して目を丸めるソフィア達へと国王が一つ咳ばらいをしてから口を開く。


「そうだ。ソフィーは今やどの国も認める世界一の錬金術師となったのだ」


「流石お姉さん! 凄いよ」


「えぇ。ソフィーの実力なら納得ですね」


レオの言葉にポルトとハンスが褒め称える。


「そ、そんな。私が世界一の錬金術師だなんて。買い被りすぎです」


「だが、どんな病も怪我もたちまちのうちに治してしまう万能薬を生み出したのは君だ。それは今や世界中の人の命を救っている。真っ当な評価だと思うがね」


戸惑う彼女へと国王が真面目な顔で話す。


「そういえば、ここ数年は国内外からもお客さんが沢山来るようになったよね。それもソフィーの噂を聞いた人達ってことなんだね」


「私のお店でもソフィーさんの品はあるかとよく聞かれますし。ソフィーの人気は今や国内にとどまらず世界にまで届いている証拠でしょう」


二人の話にソフィアは困ったように小さく笑う。


「ただの何にも出来ない街の錬金術師です。ですから授賞式はお断りいたします」


「そうか。君がどうしてもいやだというのなら無理強いはしない。だが困ったな。国際連合の役員達に何と言って断ればよいのか……いや~。実に困ったことになった」


彼女の返事を聞いてわざと顎をさすりながら唸る。そんな国王の様子にソフィアは小さく溜息を零して口を開く。


「分かりました。私もこの国に住む民の一人。国の評価を落とすようなことはできません。授賞式には参加します。でも、だからと言って私の生活が変わる事はありません。それを承知して頂けますね」


「勿論だ。君がこの国で暮らしやすいように王族として配慮するつもりでいる。君達が今まで通り工房で錬金術師として生活できるようにかけあってみよう」


「よろしくお願い致します」


彼女の言葉ににこりと笑いレオが同意するとソフィアは頭を下げてお願いした。


「はぁ……まったく。名ばかりが大きくなって困ったものだわ」


「ソフィーは自分の実力を分かっていないな」


「まったくです。貴女の錬金術の腕は私達が保証します。ですからもっと堂々としていてください」


工房へと戻ってきた途端盛大に溜息を吐き出す彼女へとポルトとハンスがにこりと笑い声をかける。


「ポルト、ハンスさん。でも、私は……」


「ミラの水は本当に凄い錬金術のアイテムだろう。それを作ったソフィーが評価されるのは真っ当だよ」


「えぇ。そうですね。現にこの国の騎士団や冒険者に留まらず各家庭も常備するくらいミラの水は生活に根付いており、なくてはならない必需品になっていますので」


俯くソフィアへと二人が優しい瞳で微笑み語る。


「もうそろそろご自分の事認めて許して差し上げてはどうでしょうか」


「おいらもそう思う」


「……」


あの日あの時ミラを助けられなかった力ないソフィア。その自責の念により自分が評価される度に卑屈になる姿をずっと側で見て来た二人だからこそ優しい言葉で諭すように言えるのである。


「ソフィー。貴女は凄い錬金術師です。私も貴女のアイテムに何度も助けてもらいました」


「おいらも側でずっと錬金術を学んできてお姉さんは凄い人だって分かっている。だからさ、ソフィー」


「……」


優しく語りかける二人を見れなくて視線を床に落とす。


「もうそろそろ。ご自分の事許してあげたらどうでしょうか」


「認めてあげていいと思うよ。ね」


「えぇ。そうね。有難う」


口ではそう言いつつも二人の言葉から逃げるように工房を出て仕立て屋へと向かう。


「いらしゃい。……如何したの?」


様子の可笑しいソフィアへとイクトが心配そうに声をかける。


「実は……」


彼女は先ほどのレオとの話を彼に伝える。真剣に話を聞いてくれていた彼が小さく頷いた。


「成る程。それでソフィーは悩んでしまっている訳か」


「私、如何したらよかったのかな」


全てを聞いて納得したイクトへとソフィアは困った顔で呟く。


「ソフィー。君はもう前に進むんじゃなかったのかな」


「え?」


彼の言葉の意味が分からなくて首をかしげる。


「俺がずっと立ち止まってあの時の事を悔やみ自責の念に囚われていた頃。君が言ったんだよ。私は前に進むって。それなのに今のソフィーはあの時の俺と同じで立ち止まってしまっている」


「そ、そうかしら」


イクトの言葉にたじろぐ。自覚がないソフィアへと彼が小さく微笑み口を開いた。


「うん。そうだよ。自分が評価される度に苦しくなって逃げ出そうとする。それはあの日あの時ミラさんを助けられなかった自分が何の力もないと思っているからだ。それでは立ち止まっているのと同じだと俺は思うよ」


「イクト君……」


彼女に何度も助けられて来た彼だからこそ言える言葉。イクトの話にソフィアの顔が自然と上へと向く。


「君は前に進むんだろう。それなら自分が世界にどう評価されているのかそれをしっかり受け止めてそして自分で確かめればいい。君はそれが出来るはずだろう」


「……そうね。自分の力がどこまでなのか自分で調べることはできるわよね。有難う。なんだか大丈夫なような気がしてきたわ」


「うん」


彼女の瞳に輝きが宿るのを見て彼が嬉しそうに微笑む。


「授賞式には俺も参列しようかな。実はレオ様から招待状貰っているんだよね」


「え……えぇっ!?」


爆弾発言を聞いて目を丸めて固まる。


「何の授賞式か分からなかったけど今ソフィーから話を聞いて納得したよ。俺達も君の晴れ姿を見に行かせてもらうから」


「こ、来なくていいよ。そんな大した授賞式でもないし、仕事の方が大事でしょ」


小さく笑いながら話すイクトへとソフィアは頬を赤らめ慌てて捲し立てた。


「仕事よりも君の授賞式の方が大事だよ。だって、ソフィーは俺にとって俺の人生をずっと側で支えてくれたとても大切な親友だからね」


「イクト君……分かった。式場で会えるの楽しみにしてる」


彼の言葉に彼女も微笑み答える。


こうしてソフィアの気持ちも新たになったところで授賞式の日を迎えた。


「ライゼン通りの錬金術師。ソフィア殿。貴殿はミラの水という万能薬を発明し世界に大きく貢献した。その功績をたたえ世界一の錬金術師の称号を授与する」


「有り難き幸せに御座います」


壇上で朗々と読み上げるレオの前で恭しく頭を下げたソフィアは首にメダルをかけられ表彰状を贈られる。


それを観覧席から見守るポルト達。レイヴィンとマルセンも国王達を守る仕事をしながら横目で授賞式を見る。


こうして式は滞りなく進みソフィアは世界一の錬金術師となった。そんな彼女の下には国内外からお客が押し寄せ大いににぎわったそうである。

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