十章 想いを言葉に
イクトの結婚式も終り。日常が戻って来たライゼン通りにハンスの姿は合った。
「はぁ……ふぅ」
随分と緊張しているようで零す息は溜息ばかりだ。
「行きましょう」
ようやく決心がついた顔でソフィアのお店の扉を叩く。
「はい。あら、ハンスさん。如何したの?」
「何か用事?」
玄関を開けた彼女とポルトが出迎える。ハンスがにこりと微笑むと口を開いた。
「今日は工房がお休みの日でしょう。それで、ソフィー。もしよければ今から一緒に出掛けませんか?」
「今からですか」
彼の言葉にソフィアは考える。
「いいじゃないか。行っておいでよ」
「そうね。今日は特にやる事もないし。今準備してきます」
ポルトの言葉もあり彼女は了承すると出かける支度を整えハンスと一緒に工房を出て行った。
「それで、何処に行くのですか?」
「まずは教会広場にいきましょう。そこでバザーをやっているんです」
ソフィアの言葉に彼が答えると教会広場へと向かって行った。
「わ~。色々なものが売られているのね」
「錬金術で使えそうなものがあるかもしれませんし見て来たらどうでしょう」
「えぇ」
瞳を輝かせる彼女へとハンスが言う。それに返事をすると早速近くに並べられた品を見る。
「あ、これはスピリット像。それにこっちは祝福の腕輪。それに時空のペンダントに時渡りの石まで」
「珍しい物なのですか?」
素材になりそうな品物を見つけて喜ぶソフィアへと彼が尋ねた。
「えぇ。本物は絶対に手に入らない代物です。ここに並べられているのも模造品かと思います」
「そうなのですか。模造品でも使えるのですか」
「本物に比べたら品質は落ちますが、それでも使えない事はないですよ」
彼女の説明を聞いて納得するハンス。そうして再び品物を選び始めたソフィアの様子をじっと眺める。
「やっぱり。ソフィーは錬金術の事となるととても楽しそうですね」
小さく笑い優しい瞳で見守っていると彼女は顔をあげて彼を見た。
「これ、早速購入してきます」
「いえ、会計は私がやりましょう」
「え、でも悪いわよ」
ハンスの言葉に申し訳ないと言って首を横に振る。
「彼女が欲しいものを購入するのも彼氏の役目です」
「そ、それじゃあ今日だけお願いします」
そんな事笑顔で言われたらソフィアはお願いするしかなくなり恥ずかしさと嬉しさで頬を赤らめ俯く。
そうしてバザーを堪能した後は朝日ヶ丘テラスへと向かう。
「はぁ……ふぅ……」
「ハンスさん。さっきから溜息ばかり。どこか具合でも悪いの?」
朝日ヶ丘テラスに近づいてくると溜息ばかりのハンスへと彼女は心配して尋ねる。
「い、いえ。何でもありません。大丈夫ですよ」
「そう?」
何を気にしているのか分からないが彼が大丈夫だというのならこれ以上は何も聞かない方がいいだろうと判断してソフィアは黙った。
「もうすぐ夕闇ね。ここからじゃ夕日が見れないけれど……でも星空は綺麗に見えるわね」
「そ、そうですね」
空を仰ぎ見て微笑む彼女へとハンスが返事をするが歯切れが悪い。
「ハンスさん。さっきからやっぱり様子がおかしいわよ。如何したの?」
「そ、その。ソフィー!」
ふり返り尋ねると彼が頬を赤らめソフィアの名を呼ぶ。
「何かしら?」
「そ、その。それが~そのぅ」
「?」
何を言いたいのか分からず彼女は首をかしげる。
「わ、わた。私は……その」
「ハンスさん。言いたい事があるのならはっきり言ってくれないと分からないわよ」
もじもじとするハンスの様子にソフィアは困った顔でそう言った。
「っぅ! で、ですから、私はソフィーのことあ、愛しています。それはこれからもずっと変わりません。なので、私とけっ…………結婚して下さい!」
「!?」
想いを言葉にしたハンスが跪いて婚約指輪を差し出す。その様子に目を大きく見開きソフィアは固まってしまった。
「「……」」
暫く優しい風が吹き抜けるだけで何の音も聞こえない空間に彼が居心地悪そうにしながら彼女の返事を待つ。
「そ、それ。本当に言ってます? 冗談でしたなんてことは」
「こ、このような重大な事冗談でも言ったりしませんよ」
ようやく絞り出した声にハンスがきっぱりと答える。
「あ、どこかにポルトが隠れていて私が返事した瞬間に残念ドッキリでしたなんてのは」
「絶対にありません」
ソフィアの言葉に彼が再び断言した。
「……」
「ソ、ソフィー。やっぱりこのような事いきなりは無理でしたよね。そのごめんな――」
「ち、違うの。あまりの事に驚いてしまって。ごめんなさいね。私、ハンスさんとならきっと大丈夫な気がします。ですから答えは勿論はいですよ」
思考回路を止めてしまう彼女へとハンスが慌てて謝ろうとする。その声を遮ってソフィアは返事を伝えた。
「っ。で、では。本当に私と」
「結婚しましょう。ハンスさん」
「!?」
彼が戸惑いながら尋ねるとそれに笑顔で頷く。その言葉にハンスが耳まで真っ赤になり固まってしまう。
こうして思いを言葉にした二人の夜は更けていくのであった。
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