九章 祝い

 秋の色に染まるライゼン通り。この日ソフィアとポルトの姿は仕立て屋にあった。


「イクト君おめでとう。幸せになるのよ」


「あのイクトが結婚だなんてねぇ~。しかも相手は孤児院の頃からの幼馴染なんだって。好い人がいたなんて知らなかったよ」


「有難う」


紙吹雪の中タキシード姿のイクトへと彼女達は声をかける。すると彼が照れた顔でお礼を述べた。


「マリベルさんイクト君の事よろしくお願いします」


「ふふ。勿論よ」


花嫁ドレス姿の女性に向けてソフィアは声をかける。それに彼女が笑顔で答えた。


「よ、二人ともお似合いだね」


「あのイクトが私よりも先に結婚するとは……人生って何があるか分かりませんね」


笑顔で茶化すレイヴィンにずれてもいないモノクルをかけ直しながらハンスが言う。


「アイリスちゃんも見ているわよ」


「おめでとうございます」


リゼットが笑顔で話す横でディッドも祝いの言葉をかける。


「私からも祝いの言葉を一つ。えぇ、本日はお日柄もよく」


「レオ様演説じゃないんですから単純におめでとうの一言で良いんですよ」


レオが咳ばらいを一つすると言葉を連ね始めたがそれを止めるようにマルセンが声をあげた。


「そうだな。どんな祝いの言葉を並べるよりも単純におめでとうという事の方がいいか」


「皆、俺の為に祝ってくれて有難う」


彼がそれもそうかといった感じで頷く様子にイクトが皆へと向けてお礼を述べる。


「ほらほら、アイリスとキースが待っているよ。早くバージンロードに行きなよ」


「あぁ」


「それじゃあ、行きましょうか」


ポルトの言葉に彼が返事をすると隣を歩くマリベルへと視線を向ける。それに気づいている彼女が優しく微笑み腕を組むと式場へと向けて歩いて行く。


こうして晴れ渡る空の下イクトの結婚式は皆の祝福を受けながら無事に終わった。


「……」


「ほら、イクト君笑って」


結婚式も終り皆が家へと帰って行った後ソフィアは仕立て屋の前でカメラを構えながら指示を出す。


「すまない。緊張してしまって」


「これが初めての記念写真じゃないでしょ。はい笑って」


苦笑を零すイクトへと彼女は言うとカメラ越しに夫婦を見る。


「はい撮れたわ。それじゃあこれ早速焼き増ししてきてもらうからちょっと待っててね」


「そんなの何時でもいいのに」


ソフィアの言葉に彼がそう言うも彼女はにこりと笑い口を開く。


「早く見せたいんだもの。それじゃあちょっと待ってて」


「あ……まったく。ソフィーは相変わらずだな」


忙しない様子にイクトが小さく微笑む。


「ソフィーさん。本当に貴方の事よくわかっていらっしゃるのね。それなのにソフィーさんと結婚しなくて私なんかで本当に良かったの?」


「ソフィーは大切な友人だ。でも君は俺にとって孤児院にいた頃から家族同然の付き合いをしてきた人だ。そんな君だからこそ俺はずっと忘れずに君の事を覚えていた。再会した時はとても嬉しかった。君も覚えていてくれたことがね」


「貴方の事を忘れた日なんて一度もなかったわ。お互い引き取られてから全然会えないまま長い年月が過ぎ去ったけれど、でも今はこうして再会してそして夫婦になれた。これほどうれしい事は無いわ」


「俺も……同じ気持ちだよ」


「ふふっ」


二人で穏やかに話し合う姿をソフィアは遠くから眺めて小さく笑う。


「イクト君。本当に良かった。幸せになってね」


そう呟くと写真屋さんへと向けて歩いて行った。


「これでよし、っと」


「何もここに飾らなくても」


「あら、ここにはミラさんとアイリスちゃんの写真があるんだもの。イクト君の写真も当然ここにあるべきでしょ」


仕立て屋の二階。かつてのミラの部屋の棚の上へと写真立てに入った新しい写真を並べる。


その様子を見守りながらイクトが言うとソフィアは至極当然だといいたげに話す。


「イクト君はこの家のミラさんの息子なんだからミラさんに結婚式の写真を見せないとね」


「ソフィー……」


にこりと笑い話す彼女へと彼が困った顔で微笑む。


「俺は、立派な息子になれたかな」


「イクト君はとっくの昔に立派な息子だったわよ。アイリスちゃんもちゃんと一人前の仕立て屋の主に育て上げた。そんな貴方が立派じゃないなんて言わせないわよ」


目を伏せて言うイクトへとソフィアは胸を張って答える。


「そう、かな」


「そうよ」


「有難う。君がそう言うとなんだか納得できそうな気がするよ」


不安げな彼へと彼女は堂々とした態度で答える。その言葉にイクトが微笑んだ。


「ミラさんもきっと今日の晴れ姿。天国で見ていてくれたわよ」


「そう、だといいな」


ソフィアの言葉に彼が俯きながら呟く。


「旦那さんと見ていたりして」


「ははっ。そうだとしたら俺は怒られそうだな」


彼女はにやりと笑う。その言葉にイクトが盛大に吹き出し答えた。


「怒ったりしないわよ。晴れの日なんだから」


「うん。そうだと良いと思うよ」


ソフィアは小さく首を振って答えると彼も頷く。


「改めてお祝いの言葉を送るわ。イクト君おめでとう。もう自分は幸せになってはいけないなんて考えは二度ともっちゃだめよ。これからはマリベルさんと家庭を築いていくのだから」


「ソフィー……有難う。君には感謝してもしきれないよ。俺がマリベルとの結婚に踏み切れたのも君の言葉のおかげだからね」


「ふふっ。如何いたしまして」


二人は微笑み合う。そしてしばらく沈黙が降りる。


「今度は君が結婚する番だね。ハンスと上手くいっているんだろう」


「ど、どうしてそこで私の事が出て来るのよ。私はお付き合いはしているけれど結婚なんて考えた事ないわ」


沈黙を破ったのはイクトでその言葉に頬を赤らめ抗議するように話す。


「アイリスも俺も幸せになった。なら次は君が幸せになるべきなんだよ」


「イクト君……」


彼の言葉にソフィアはイクトの顔を見詰めた。


「ソフィーが幸せになったならそれこそミラさんは安心して眠れる。そう思うから」


「分かったわ。ミラさんがそれを望んでいるのなら私も幸せになってみる。だ、だからってハンスさんと結婚するとは言い切れないからね」


にこりと笑い彼が言うと彼女は返事をするが後半は早口になりながら言い切る。


「ハンスだったらすぐに結婚しようって言ってくると思うけどな」


「そうかしら」


「まぁ、ハンス次第だけどね」


小さく笑うイクトの様子にソフィアもつられて笑った。


幸せの足音はもうすぐそこまで迫っているのかもしれない。

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