八章 夏祭り

 季節は流れて夏祭りが開催される日となった。


「はぁ……うん。はぁ……」


「もう、ソフィーってばさっきから溜息吐いてうろうろして。落ち着きなよ」


部屋の中を落ち着きなく歩き回るソフィアへとポルトが声をかける。


「だって、初めてのデートなのよ。落ち着いていられるわけないじゃないの」


「やっぱりハンスのこと好きなんだ」


彼女の言葉ににやにやと笑い彼が茶化す。


「そうじゃなくて、ハンスさんとは今までお友達として付き合って来たのに、恋人としてお付き合いする事になって初めてのデートなんてどうしたらよいのか分からなくて」


「大丈夫。いつも通りにしてれば良いんだよ」


慌てて答えるソフィアへとポルトが言った。


「……ねぇ、ポルト私と一緒に」


「おいらは今日はいろいろと忙しいんだ。お姉さんの代わりに出店の御手伝いをしないといけないからね」


頬を赤らめ上目遣いでお願いする彼女の言葉が終わる前に彼が声を挟み中断させる。


「ソフィー。こんばんは。迎えに来ましたよ」


「え、もうそんな時間?」


「ほら、早く行っておいでよ」


玄関からハンスの声が聞こえてきて焦るソフィアの足をポルトが押して急かす。


「ポルトお願い一緒に――」


「はいはい。待たせたら悪いだろう。さ、行っておいで」


外へと押し出すと扉を勢い良く閉ざし鍵をかける。そうでもしなければ彼女は戻って来てしまうだろう。


「はぁ~。仲人も楽じゃないな」


一人きりになった部屋で彼が盛大に溜息を吐いた事をソフィアは知らない。


「お、お待たせしました」


「ソフィー。そんなに緊張しないで。大丈夫。いつも通り振る舞ってください」


緊張で固まる彼女へとハンスが優しく微笑み諭すように言う。


「それでは行きましょうか」


「は、はい」


彼の後について歩いて行く。街はお祭り騒ぎで賑わいを見せておりどこに行っても人の波でハンスがそっとソフィアの手を握った。


「っ!?」


「ひ、人通りが多いですのではぐれてしまっては困ります。ですから手を繋がせて頂きますよ」


その行動に驚く彼女へと彼が火照った顔を隠すように明後日の方向を見ながら話す。


「そ、そうですね。人混みではぐれてしまったら困るわよね。分かりました」


ソフィアも恥ずかしくて頬を赤らめながら俯き歩く。


「「……」」


暫く黙って歩き続ける二人。気が付くと人の波はなくなっており閑散とした空間に出てきていた。


「も、もう大丈夫ですよね。手、離してくれませんか」


「そ、そうですね。ここなら大丈夫でしょう。それよりソフィー。ちょっとここで待っていてくれませんか」


「はい」


ソフィアの言葉に同意するとそう言って立ち去って行く。初めてのデートに緊張している彼女はもう心ここにあらずと言った感じで暫くぼんやりとしていた。


「お待たせしました。はい」


「え?」


暫く経ってから戻って来たハンスが言うと右の髪の辺りに重みが出来て不思議そうに目を瞬く。


「ペンダントのお礼がまだでしたのでね。これ、貰ってください。精霊の髪飾りと言うとても貴重で珍しいアイテムです。持ち主に幸せを呼び込むと言われております」


「ハンスさん……」


髪を触ると花飾りがつけられており不思議そうにするソフィアへと彼が頬を赤らめながら説明した。


「有難う御座います」


「いえ、そろそろ花火が上がる頃でしょう。どこかに座って見てから帰りましょう」


「はい」


嬉しくてお礼を述べる彼女にハンスもにこりと笑い答える。


そしてその辺の階段の縁に座り花火を鑑賞した。


「花火、綺麗ですね」


「爆弾から派生して生まれたのが花火だと聞いたことがあります」


上がっては輝く花火を見ながらソフィアは呟く。それに彼が昔の記憶を引っ張り出して説明した。


「同じ火薬を使うのに爆弾より花火の方が断然平和的で綺麗よね」


「そうですね。ですが爆弾が生まれなければ花火もなかったと考えるとなんだか複雑な思いになります」


彼女の言葉にハンスがズレてもいないモノクルをくいっとあげると物憂げな表情で話す。


「花火はこんなにも人の心を引き付けるのに、爆弾と同じだなんてちょっと不思議です」


「世界が平和ならば爆弾は必要ないのかもしれませんが、魔物がうじゃうじゃいるこの世界ではそうもいっていられませんしね」


ソフィアは考え深げな顔で話すとそれに彼も答える。


「ハンスさんって爆弾好きですよね」


「ソフィーだって錬金術師なら爆弾は好きでしょう」


にこりと笑い言う彼女へとハンスが答える代わりにそう聞き返した。


「どういう意味ですか?」


「想像は爆発だ。とどこかの書物で見たことがあります。ですから錬金術を扱うソフィーも爆発……つまり爆弾が好きなのではと」


分からないといいたげに尋ねるソフィアへと彼がにこりと笑い誰かが書いた書物の知識を教える。


「くす。面白い事を知っているんですね。そっか想像は爆発だ……か。確かに色々なアイディアが沸いてくるのは爆発に似ているのかもしれませんね」


「錬金術の事は詳しくありませんが、ソフィーがそう思うならそうなのでしょうね」


二人で話をしながら花火を見ていたが不意に沈黙が降りる。


空に打ちあがる花火の音だけが鳴り響き二人の時間は静かに過ぎ去っていった。

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