七章 悩み

 長雨が続くライゼン通り。そのどんよりとした空気と同じ様に沈んでいる人物が一人。


「はぁ~」


ソフィアは盛大に溜息を吐き出し肩を落とす。


「もう、ポルトもリーナさんも。ローリエもユリアさんも皆して私をからかって。ハンスさんとはそんな仲じゃないのに」


「ソフィー。いるかな……如何したの?」


独り言を零した時扉が開かれイクトが入って来る。


「イクト君……」


「随分と暗い顔をしているけれど、何か悩みでもあるのか」


工房にやってくるなんて珍しいなと思いながら力なく笑う。その様子に彼が心配そうな顔で尋ねた。


「それがね……マルセンの頼みでコカトリスを討伐に行ったでしょ」


「うん。マルセンから話は聞いているよ。無事に討伐できたって」


話し始めた彼女へとイクトが相槌を打つ。


「その時にハンスさんが攻撃を受けて倒れてしまって。それで心配して抱き上げて怪我の様子を見たのよ」


「うん」


ソフィアの言葉に小さく頷くと続きを聞くため黙り込む。


「その時の事が変に噂になってね。ポルトやリーナさん。ローリエにユリアさんまで皆して私の事をからかって。ハンスさんと付き合っちゃえばなんていうのよ。私達はそんな仲じゃないって説明しても聞いてくれなくて……」


「成る程ね。それで悩んでいたって訳か」


盛大に溜息を吐き出す彼女へと彼がくすりと笑う。


「う~ん。そうだね、ソフィーは如何してそこまでしてハンスとの仲を否定するんだ」


「それは、ただのお友達だからよ。変に勘違いされたくないから」


イクトの言葉にソフィアは唇を尖らせながら答えた。


「それじゃあ話を変えよう。ハンスが怪我した時どう思った?」


「それは、心配で仕方なくて。もしかしたら死んでしまうかもしれないって思ったら感情が溢れて気が動転して……何とかして助けたいって思ったの」


彼の言葉に彼女はあの時の事を想い返しながら話す。


「成る程ね……ソフィーそれが答えだと思うよ」


「え?」


意味が分からないといいたげに目を丸めるソフィアへとイクトが小さく笑った。


「多分その感情にソフィー自身がまだ気付いていないだけでハンスの事。好きなんだと思う」


「ちょ、ちょっと。イクト君まで何を言い出すの私はそんな……」


心を見透かすかのような瞳で彼が言うと彼女は慌てて抗議するがその言葉は尻つぼみになる。


「ソフィーは随分前からハンスの事好きだったと思うよ。隊長が嫉妬するくらいにね」


「どうしてそこでレイヴィンさんが出て来るの?」


イクトの言葉にソフィアは不思議そうに目を瞬く。


「それは、隊長も本気で君の事が好きだったから。だから色々とアピールしていた。ソフィーには気付かれていなかったみたいだけれどね。でも周りから見ていたらあの隊長が一人の女性に夢中になっている姿に皆驚かされていたと思うよ。一生独り身でいるなんて言っていたくらいの人だからね」


「それは違うわよ。レイヴィンさんが好きなのは……う~ん。これって言って良かったかしら?」


彼の説明に彼女は言いかけて躊躇う。


「リリアの事か」


「どうしてそれを?」


しかしイクトの口から出た名前にソフィアは驚いた。


「隊長のリリアに対する態度を見ていれば分かるよ。でも、多分リリアに対する大切とソフィーに対する大切は違うと思うから」


「でもレイヴィンさんが好きなのはリリアよ。それは今も昔も変わらないと思う。だから私の事好きだって言ってくれたけれどそれには私は答えられないわ」


彼の話を聞いていた彼女は首を振って答える。


「それじゃあハンスが君に対して好意を抱いていることは知っていたかな。君の為に色々とアピールしてきたことを」


「ハンスさんが、私の為に……そう言われてみれば思い当たる事が色々とあるような?」


イクトの言葉にソフィアは考えるように頭を捻った。


「それを聞いてどう思った。ハンスに対してもやっぱり断るのかな」


「それは……」


彼の言葉の意味を考え暫く黙り込む。


(ハンスさんが私に好意を抱いている。それに私は嫌だと思う?)


黙って考えるソフィアの様子をイクトがじっと見つめる。


「分からないわ。嫌だともいえないしだからと言って嬉しいのかも……」


「今はそれでいいと思うよ。周りが言う通りハンスと付き合ってみればいいんじゃないかな」


「イクト君!?」


何を言うんだといいたげに彼を見るとそこには真剣な眼差しを向けたイクトの姿があった。


「結婚するしないはおいておいて恋愛することは君にとってもいい経験だと思うよ。付き合ってみればハンスの事どう思っているのか見えてくると思うからさ」


「そう、ね。そう言われてみればそうかもしれないって思えて来たわ」


彼の話を聞いてソフィアは小さく頷く。


「うん。それでやっぱり違うと思ったら付き合うのを止めればいいだけだ。恋愛なんてそんなものだと思うよ」


「それが分かるの?」


柔らかく微笑み言ったイクトへと彼女は尋ねる。


「分かるよ。俺だっていろんな人の恋愛を見てきたからね」


「そう。分かったわ。イクト君が言う事も一理あると思う。だからハンスさんと付き合ってみるわ」


「うん」


彼の言葉に納得して了承するソフィアへとイクトが優しい瞳で見つめ頷く。


「そうだわ。イクト君今日は何か用事があって来たんじゃないの?」


「う~ん。実は夏祭りの日にキース君がアイリスにプロポーズするって聞いてね。それでソフィーにも手伝って貰えたらと思って話をしに来たんだよ」


「そう、いよいよプロポーズをね。勿論手伝うわよ。私は何をすればいいかしら」


彼女の言葉に彼が説明する。瞳を輝かせて微笑むソフィアへとイクトが口を開いた。


「婚約指輪を作って貰いたいんだ」


「任せて。とびっきり素敵な婚約指輪を作って見せるから」


不敵に微笑み了承したソフィアへと彼も嬉しそうに微笑んだ。

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