二章 イクトとソフィー
春色の風が吹き抜けるライゼン通り。この日ソフィアの姿は仕立て屋にあった。
「こんにちは。イクト君いるかしら」
「やあ、ソフィー。いらっしゃい」
来客を知らせる鈴の音が鳴り響く中、店へと入った彼女を柔らかな微笑みを浮かべて出迎えるイクト。
「今日はね、この前のお礼を言いに来たのよ」
「お礼だなんて、そんな大そうな事した覚えはないよ」
ソフィアの言葉に彼が小さく笑いながら答える。
「アイリスちゃんやお店の事もあっただろに、私を護衛してくれて色々と手伝ってくれた事本当に感謝しているのよ。だからお礼くらい言わせて」
「ソフィーにはいつも助けられているからね。そのお返しだよ」
ソフィアは感謝の気持ちを込めて話すとそれにイクトがやんわり首を振って答えた。
「ふふっ。イクト君らしいわね。それより、聞いたわよ。アイリスちゃんとキース君上手くいっているみたいね」
「キース君ならきっとアイリスを幸せにできる。そう思うよ」
彼女が嬉しそうに言うと彼が微笑み話す。
「手が離れるのは寂しい?」
「それは、少しだけね。でもアイリスの幸せを願うならキース君と一緒になる方がずっといいと思うから」
分かっていて尋ねるソフィアへとイクトも理解しながら頷く。
「彼の事認めているのにあんな意地悪なこと言ったのね」
「半分は本気だよ。アイリスを守れるくらい強い人かどうか、見定めたかった。アイリスが悲しむ未来は見たくないからね」
意地悪な質問に彼が説明するように語る。
「喪う悲しみを知っているからこそ、かしら。キース君の身に何かあった時アイリスちゃんが不幸にならないように先に手を回した」
「ミラさんも旦那さんを亡くされて苦労した。そして俺もミラさんを亡くしてずっと辛かった。だからアイリスにはそんな悲しみや苦労をさせたくはないんだよ」
ソフィアの言葉に彼が瞳を曇らせながら話す。
「貴方が誰よりもアイリスちゃんの幸せを願っているって事はこの街の皆知っているわ」
「うん。アイリスが幸せなら俺はそれだけで十分なんだ。だからキース君と結婚したら俺は……」
見透かしたような瞳で話す彼女へとイクトが小さく頷きそっと呟く。
「ストップ。その考えは捨てなさい。ここを出て行って何になるの? アイリスちゃんが悲しむだけよ。それよりも新しい生き方を探しなさい。それに貴方にはいるでしょう。ずっと昔から変わらずにイクト君の事を見守ってくれている人が。その人の事を忘れては駄目よ」
「ソフィー……」
全てお見通しで敵わないなと思いながら彼が小さく笑った。
「有難う」
「イクト君、アイリスちゃんが本当に幸せになる方法教えてあげるわ」
「うん?」
お礼を述べて俯くイクトへとソフィアは小さく笑い話す。
「イクト君が幸せである事。アイリスちゃんの何十倍も何百倍もね」
「……」
意外な発言に目を丸めて固まる彼へと彼女はいたずらに微笑む。
「アイリスちゃんはイクト君が思っている以上に貴方の事を慕っているの。だから、尊敬する貴方がそんな暗い過去を背負ったまま動けずにいたら、アイリスちゃんは幸せになんてなれやしないわよ」
「ソフィー。変わったね」
ソフィアの姿を直視できなくて俯いてしまうイクトへと彼女は小さく溜息を吐き出し口を開いた。
「ミラの水が完成した時からよ。私は前に進むことを選んだ。ハンスさんも、マルセンもレオさんもレイヴィンさんやディッドさん。それにリゼットさんだって皆過去の傷を抱えながらも前に進んでいるわ。それなのにイクト君だけあの時のまま時が止まったままでいいの?」
「……」
諭すように話す彼女の言葉に彼が顔をあげる。
「無理に前に進めとは言わないわ。でも、アイリスちゃんが来てから変わっていく貴方を側で見ていて思ったの。今のイクト君なら大丈夫だって。だからね、イクト君。アイリスちゃんが結婚したら姿をくらまそうなんて変な考えもっちゃだめよ」
「うん」
ソフィアの言葉をイクトがどう受け止めたのかは分からない。だが確実に変わろうと思い始めている事だけは伝わって来て彼女はそっと微笑んだ。
「ソフィー……俺は、怖いんだ」
「私だって怖いわよ。でも、避けては通れない道よ。いつかは本当の事を知られてしまう。それならば、何時かは話さないといけないのよ」
震える体を抱きしめてあげながらソフィアはそっと囁く。
「イクト君一人で抱え込んできたと思っている? 私だってミラさんを助けられなかったことずっと苦しんできた。だから恐いのよ。アイリスちゃんが全てを知った時。あの瞳から輝きが消えて私達の事を憎しみのこもった眼で見てきたらって思うと……アイリスちゃんなら分かってくれる。そう思いながらも不安でたまらないの」
「……」
彼の震えが止まるまで囁きかける。その彼女の体も小刻みに動いていることにイクトが気付いた。
「でも、いつかは話さないといけない。それならば、その時は私も一緒に話すから。だから大丈夫よ。イクト君だけにしない。一緒に、一緒にいるから」
「ははっ。本当に君には助けてもらってばかりだ……」
震える体をごまかしながら話すソフィアの言葉に彼が空笑いすると縋るように、ぬくもりを求める幼子の様に彼女の服を掴んで目を閉ざした。
「…………有難う。もう大丈夫だ」
「そう。また様子を見に来るから。ね」
「うん」
どれくらいそうしていただろうかイクトがそう言うとソフィアから離れる。
それに彼女も頷くと身体を離し扉へと向かう。
「ソフィー。俺は心を決めないといけないよね」
イクトがそう呟いた事をソフィアは知らない。
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