一章 春の女神の依頼

 春の花が彩るライゼン通り。ソフィア達はいつもの通りに工房でお客様を待っていた。


「こんにちは~」


「いらっしゃいませ。って、貴女は」


「女神様だ! 女神様がうちに何の用?」


暖かくて穏やかな口調の女性が入って来るとソフィアは驚きポルトが嬉しそうに駆け寄る。


「はい。実は~とっても大切なお友達が近々結婚するんです。それで、プレゼントをあげたくて、貴女に祝福の花のブローチを作って頂こうと思い、こうして訪ねて来ました~」


「祝福の花のブローチですか。分かりました。その依頼承ります」


おっとりとした口調で説明してくれた女神へと彼女は了承して頷く。


「ふふ。貴女ならそう言って下さると思っておりました~。素材はこちらをお使いください」


「こ、これは精霊の薔薇!? 入手困難なうえに妖精界にしかなくて尚且つ人と精霊とが心を通わせないと咲かないと言われているあの――」


「お、お姉さん落ち着いて!」


彼女が差し出して来た素材を見て興奮するソフィアへとポルトが声をかける。


「う、うん……失礼しました。本当にこちらを使ってもいいのですか?」


「勿論ですぅ~。とっても大切なお友達なので喜んでもらいたいんです。ですから」


ついつい熱が入ってしまった彼女は慌てて咳ばらいをすると気持ちを落ち着かせてから尋ねた。


それに女神が微笑むとお願いだとばかりに目を伏せる。


「分かりました。有り難く使わせて頂きます」


「ふふ。有難う御座います~。それではお願いしますね」


こうして女神の依頼を受ける事となった。


「女神様からの依頼。とっても大切なお友達へ渡す祝福の花のブローチを作ってくれって。お姉さん凄い事が起ったね」


「そうね、まさか女神様から依頼を受けるとは思っても見なかったわ」


彼の言葉にソフィアも小さく頷く。


「それで、早速作るの?」


「勿論よ。あんまりお待たせしたら結婚式に間に合わなくなってしまうわ」


尋ねて来るポルトへと彼女は勿論だと言って微笑む。


「よっし。それじゃあ赤の薬はおいらに任せて」


「私はシルバーインゴットを作るわね」


そうして錬成を終えるといよいよ祝福の花のブローチを作る事となる。


「ポルトが作ってくれた赤の薬とシルバーインゴット。女神の微笑みそして精霊の薔薇を混ぜて……このブローチを持つ人が永遠に幸せを刻み続けるそんな素敵な贈り物となりますように……完成よ」


「これが祝福の花のブローチか。まるで幸せがいっぱい詰まったまま時が止まってしまったかのような素敵なブローチだね」


ソフィアの言葉に彼がにこりと笑い言う。


「女神様の想いも詰まっているからね」


「そっか。きっとこれをプレゼントとしてもらう人の事を想って咲かせた薔薇なんだろうなぁ~。すっごく暖かくて優しい気持ちが伝わってくるよ」


日の光を浴びて玉虫色に輝くブローチを見詰めながら二人は話す。


「後は、これを納品すればお仕事は終わりね」


「女神様気に入ってくれるといいよね」


「そうね」


こうしてその日は他の仕事もこなしながら工房で過ごし、女神が祝福の花のブローチを取りに来たのは数週間後だった。


「こんにちは~。依頼の品を受け取りに来ました」


「いらっしゃいませ。こちらがご依頼された祝福の花のブローチになります」


彼女の言葉にソフィアは綺麗にラッピングして置いておいた祝福の花のブローチを持って行く。


「まぁ、素敵なブローチに仕上げて下さったんですね~。有難う御座います」


「中を見ていないのに分るのですか?」


嬉しそうに微笑む女神へと驚いて尋ねた。


「ふふ。分かりますよ~。このブローチを持つ人の幸せを願って作ってくださったって伝わってきますので」


「さっすが女神様だ」


柔らかく微笑み両掌を優しく叩き話す彼女へとポルトが言う。


「ふふ。もう大丈夫みたいですね。貴女達なら大丈夫だって分かっていたのですが、やっぱり心配で」


「それってもしかして黒の集団の事?」


女神の言葉に彼が首をかしげならが尋ねる。


「はい。そうです。とっても大変な目に合われたようですね。ですが、もう大丈夫みたいです~。もう、怖い思いをすることはないですよ」


「黒の集団の主謀者のキングって人が捕まってそのすぐ後に組織自体が解散されたとは噂に聞いていたけれど、女神様がそう言うなら本当に……大丈夫なのよね?」


「お姉さん二度も攫われたからね。警戒するのも分かるけれどでも女神様がそう言うなら本当にもう大丈夫だよ」


彼女の言葉に思い出して震えるソフィア。その様子にポルトが大丈夫だと言って安心させる。


「はい。もう大丈夫ですよ~。ソフィーさん頑張りましたね。偉い偉い」


「あ、赤子をあやすようなやり方で頭を撫でないでください」


「あ~。ソフィーずるい。おいらもなでなでされたい」


柔らかい手で頭を優しく撫でられ恥ずかしくて頬を赤らめながら拒否るソフィアにずるいと言って羨ましがるポルト。


「あらあら、ポルトも偉い偉い~」


「わ~い。女神様に褒められた!」


「もう、何だか一気に気が抜けちゃったわ」


今度はポルトの頭を撫で始める女神と喜ぶ彼の姿に彼女は脱力して盛大に溜息を吐き出した。

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