十五章 レイヴィンの話

 工房のお仕事をリリアとポルトに任せてソフィアは以前ハンスから聞いた話の真相を確かめるために、レイヴィンの下へと向かう。彼はいつも通りに門の前に立って警備していた。


「こんにちは」


「ソフィー。俺に会いに来てくれたのか? また採取に行くのなら護衛をするぞ」


「い、いいえ。今日は護衛を頼みに来たのではなく、少し聞きたい事がありまして」


彼女の声に花が咲いたかのような満面の笑顔を浮かべて反応する隊長へと慌てて口を開き用向きを伝える。


「聞きたい事? 俺の好きな食べ物とか?」


「違います」


冗談なのか本気なのかレイヴィンが言った言葉にソフィアは即答で返す。


「何だ、違うのか。……それじゃあ、何を聞きに来たんだ」


「リリアの事についてなんです。この前ハンスさんが工房に来て、リリアがオルドーラにいたのは間違いないって話して。そして錬金術師の第一人者である人の名前も「リリア」というらしく、それがリリアの事なんじゃないのかってその事について、レイヴィンさんなら何か知っているのではないかと聞きに来たんです」


「…………」


あんまりがっかりしていない様子で切り替える隊長へと彼女は聞きたい事を掻い摘んで説明する。すると何故か黙り込んでしまったレイヴィンへとソフィアは不思議に思いその顔を見詰めた。


「……ここじゃなんだし、ちょっと場所を変えようか」


「はい?」


隊長がちらりと王宮の方を見てから口を開く。彼女は意味が分からなかったが歩き出したレイヴィンの後についていった。


やって来たのは夕闇に染まる朝日ヶ丘テラス。名前の通りに朝日が綺麗に見える場所なのだが、この時間帯は人気がなくがらんとしている。


「……俺は本気でソフィーの事惚れてるから、君には包み隠さず俺の事を伝えたいと思う」


「?」


沈みゆく夕日を見詰めながら隊長が語る言葉に、リリアの事を聞いたのにどうしてそこでレイヴィンの話になるのかとソフィアは不思議に思った。


「……俺はずっと昔に、帝国ザハルという国で生み出されたんだ。当時の国王は世界中を掌握せんと戦争をおっぱじめた酷い奴だった。戦争で勝つためだけに俺達魔法生命体は生み出されたのさ」


「魔法生命体?」


行き成り何の話をしているのだろうと彼女は首をかしげる。


「魔法生命体というのは魔法使いが魔術を使い生み出す精霊や人間のことだ。その話は置いといて、俺が生み出されて丁度六年目、戦争に駆り出されるために日夜稽古をさせられていた時だ。教会の中庭にある花畑の中で優しい微笑みを浮かべて歌をうたっていた箱庭の少女に出会ったのは。初めて見た時から俺は彼女の事に惹かれた。そして彼女の事を知りたいと強く思った。それがリリアだったんだ」


「リリアが箱庭の少女?」


レイヴィンの言葉にソフィアは驚く。だが箱庭の少女がリリアだと言われてもそれと今の彼女との結びつきが分からなくて隊長の次の言葉を待った。


「当時ザハルの王は神下ろしの神子を自分の隣に置いていた。そうすることで民に神がついているからこの国は安泰なんだと。そして、国王こそが偉大なのだと信じ込ませるためにな。だが本物の神子は体が弱くいつ死んでもおかしくなかった。だからリリアは生み出された。本物の神子が死んだ時の代用品として使うためにな。俺も彼女も戦争の道具として生み出されたのさ」


「そんな、道具だなんて酷い……」


隊長の話にソフィアは胸が痛むのと同時に当時のザハルの王へと怒りがわく。


「君ならそう言ってくれると思っていたよ。……そしてリリアが十七歳になった時だ。本物の神子が病気で亡くなった。彼女は神下ろしの儀式だと言われて俺と同じ不老不死の刻印を刻まれた。その時だよ。リリアが記憶喪失になってしまうようになったのは。神子の代用品として国王の隣にただ立っていればいいだけの道具に記憶も感情も必要ないってあの男は……ただ「神下ろしの神子」という肩書だけを利用したかっただけなのさ」


「そんな……」


レイヴィンの話に彼女は抑えきれない感情に震える。


「俺は一通りの稽古を終えると同時に不老不死の刻印を左胸に刻まれた。そして戦場に送り出された。その後はただ戦前に立って敵国の兵士をただ斬り倒すだけの殺戮人形のごとく使われ続けた。だが、ザハルの王が革命軍により討たれ、俺はその呪縛から解放された。ザハルは滅び新たにザールブルブ王国が誕生した。俺は当時の国王達の計らいによりオルドゥラ王国に保護されることとなったんだ。二度と道具として魔法生命体が使われないようにと考えられて、な。そして俺は「人間(ひと)」として生きて行くべきだと言われた。幸せになって良いのだとも……国王様達のおかげで俺は感情を知り「道具」から「人間(ひと)」になれたんだ」


隊長の言葉にソフィアはザハルが滅びて本当に良かったと考えた。人間の勝手で生み出された魔法生命体。それをただの道具として戦争に利用するなんて間違っているとそう思う。


「リリアもオルドゥラ王国で保護された。当時建設された魔法研究所の所長が彼女の保護者として任命されてな。そこが現在の錬金術アカデミーさ」


「確かにアカデミーで昔は魔法研究所って名前だったって聞いたわ」


レイヴィンの言葉にアカデミーの授業で習ったことを思い出す。


「当時魔法を誰もが扱えるようにと研究されていた。そこで偶然発見されたのが錬金術だ。それで話がつながるだろう。錬金術師の第一人者と言われているリリアは彼女の事だよ」


「!?」


隊長の言葉に全てが繫がりソフィアは目を見開いた。


「リリアの記憶が戻ることは本当に難しい事なんだ。だが、君なら……リリアの記憶を取り戻してあげることが出来ると俺は思っているよ。まぁ、ザハルの記憶まで思い出す必要はないけれど、せめて彼女の大切だった人達の事だけでもオルドーラで過ごした頃の記憶だけでも取り戻してあげたいんだ」


「レイヴィンさんはリリアの事とても大切に思っているんですね」


レイヴィンの気持ちに触れて本当にリリアの事を愛していて大切なんだと知り彼女は微笑み呟く。


「彼女は俺にとってずっと追いかけても手が届かない雲の上の存在なんだ。俺が触れていい女(ひと)でも側にいていい人でもない。彼女は穢れのない綺麗な世界でずっとあの微笑みを浮かべて過ごしてくれていればそれだけでいい。戦争の道具として使われてきた血に汚れた俺とは違う世界でただ幸せに生きていてくれればそれだけでいいんだ。だからリリアの事は諦めた。でもソフィーの事は諦めないからな。例え何十年もの時が経ったとしても君が俺の事を好きになってくれるまで待ち続けるから」


「あは……」


隊長の言葉にソフィアはレイヴィンの気持ちに答えられないため空笑いをしてごまかす。


リリアと隊長の関係を知れたが、記憶を取り戻すための手がかりは結局分からずじまいであった。

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