十二章 工房での生活

 ソフィアがコーディル王国へとやってきてから一年が経とうとしていた頃。工房もやっと軌道に乗り始めていた。


「こんにちは。ソフィー今日は洗剤が切れてしまったので新しく買い足したいの」


「こんにちは、ソフィーさん。今日はこの前お願いした植物栄養剤を取りに来ました」


リーナが入って来ると続けてローリエも入店する。


「いらっしゃいませ。洗剤はいつもの配合のもので良かったですか」


「えぇ。お願いするわ」


「畏まりました。こちらになります」


「ローリエ。これが植物栄養剤だよ」


ソフィアが対応するために動く横でポルトが箱一杯に詰まった栄養剤を持って来て見せた。


「失礼する。今日はこの前頼んだフクロウの羽ペンを頂きに来た」


「ソフィーちゃん、ポルト君、リリアちゃんこんにちは。頼みたい事があってきたのだけれど、今大丈夫かしら」


レオがやって来ると続けてミラも入店する。工房はひっきりなしに押し寄せるお客の波で大忙しだ。


「こちらがフクロウの羽のペンです」


「あぁ、すまない。有り難う」


リリアが忙しいソフィアに代わりレオの側へと近寄り品物を手渡す。彼が彼女の顔をじっと見つめながら受け取ると代金を支払った。


「ミラさんいらっしゃいませ。頼みたい事とは何ですか?」


「実はね、ちょっと試してみたい事があってね。錬金術で糸や布やアクセサリーは作れるかしら? もし頼めるのならば糸と布とアクセサリーを頼みたいのよ」


「畏まりました。勿論錬金術で作れない物はないですのでお任せ下さい」


ソフィアがミラの側によると彼女がそうお願いする。それにもちろん大丈夫だと頷き注文をメモに書き込む。


「よう。今日はちゃんとお客としてきたんだからな。この前食べたプリン美味しかったから、また買いに来たんだ。今日はおいてあるか?」


「あ、マルセンいらっしゃい。えっとたしか……トロトロプリン二つだったよね?」


「あぁ、おふくろと二人で食べるからそれでいい」


入店してきたマルセンに気付いたポルトが対応に動く。


「ソフィー今日も元気そうだな。リリアも無理はしていないか?」


「あ、レイヴィンさんいらっしゃい。隊長が来たという事はこの前注文した傷薬百個を取りに来たのね」


レイヴィンの声が聞こえてきてソフィアが反応し奥から傷薬が入った箱を持ってくる。


「あぁ。王国騎士団の訓練で新人がよく怪我するから大量に必要なんだよ」


「オレもこの前頼んだ解毒剤取りに来たぜ」


隊長がにこりと笑い答える横でディッドが話しかけてきた。


「解毒剤もバッチリできてるよ。ほら」


「お、ポルトサンキュー。ほら、無くさないようにちゃんとお金受け取れよ」


「うん」


ポルトが解毒剤を持ってくると彼がお金を取り出し掌へと乗せてあげる。


それをしっかり受け取ったポルトが解毒剤の袋を手渡す。


「「「はぁ……」」」


そうして目まぐるしい一日を過ごした彼女達はお店を閉めるとくたびれた顔で溜息を零した。


「工房も軌道に乗って有り難いけれど、ここまで忙しいと中々錬金術に打ち込めないわね」


「私も覚えないといけない事まだまだたくさんで、もっとお役に立てれるように頑張ります」


「おいらより錬金術の腕がいいのにお店の方は全然覚えられないんだもんね。おいらももっと錬金術の腕を上げたいよ」


三人で話し合うと何かを決めた顔でソフィアが口を開く。


「こうなったら一週間お店を休むよ」


「えぇ!? お店閉めちゃうの?」


彼女の発言にポルトが盛大に驚いて仰け反る。


「えぇ、そうよ。その間に錬金術で品物を増やすの。今受けている注文の品だけでも全て作るのにちょうど一週間かかるからね」


「一日で出来てしまう物から中心に錬金術で作っていくんだね」


ソフィアの説明を聞いて納得したリリアが頷く。


「そうと決まれば早速夕飯を食べてから取り掛かりましょう」


「はい」


「うん」


彼女の言葉に二人が返事をすると夕食を食べてそれぞれが分担して錬金術を行う。ポルトは赤、青、緑、黄色の薬を大量に作り、リリアが簡単な依頼の品を担当し、ソフィアが難しい調合の錬金術を行う。部屋の中は錬金術特有の黄金の光に包まれた。


「相変わらずリリアの錬金術は独特だね。まるで魔法みたいだ」


「魔法……ずいぶんと昔には魔法文明があったって聞いたことがあるけれど、今は途絶えて等しいから本来の魔法がどんなものかは分からないけれど、やっぱりポルトは土の妖精だから魔法とかも使うの?」


リリアの調合を見ていたポルトの言葉にソフィアがなんとなく問いかける。


「魔法を扱えるようになるのは一人前と認められた大人の妖精だけなんだよ。だからおいらはまだ魔法は使えないんだ」


「そうなんだ。元々錬金術は誰もが扱える魔法のような物をと考えて魔法研究所が発明したものだったと思うので、魔法に似ているところはあるのかもしれません」


それに彼が説明するとリリアが頭をひねりながら話す。


「そう言えばそんな話しを私もアカデミーで習ったような気がするわ。魔法薬を作る工程で発見されたのが錬金術だったって」


「へ~。そうなんだ。ソフィーもリリアも錬金術師だからそう言う事に詳しいの」


彼女もライセンスを取得する時に習ったなと懐かしむ様子で語る。その話に二人の顔を見てポルトが尋ねた。


「私は覚えていることが断片的だからどうだろう?」


「それでも少しずつ自分の事を思い出せているって事だと思うからいいんじゃないかしら」


困った顔でリリアが言うとソフィアはにこりと微笑み話す。


「そうだよ。リリアの記憶が早く戻ると良いね」


「でも、そうしたら私はソフィーさんとポルト君と一緒に工房で過ごすことが出来なくなるのかな」


ポルトも励ますように言うと考え深げな顔で彼女が呟く。


「へ?」


「だって、記憶が戻ったら私が誰でどこから来たのかも思い出せるんだよね。そうして家族の事や友達の事も思い出したらもうここにはいられないかもしれない」


その意外な発言にソフィアは驚く。リリアが理由を説明すると二人は急に悲しくなって顔を曇らす。


「そんな寂しいこと言うなよぅ~。記憶が戻ったってここで工房を一緒にやっていけばいいだろう」


「今すぐ決断を出さなくてもいいと思うけれど、でも記憶が戻った時にリリアがどうしたいのかちゃんと決めないとね」


彼が涙目で縋りつくようにリリアを見詰めるとソフィアも優しく微笑み語る。


「そうですね」


その言葉にリリアもにこりと笑い頷く。記憶が戻ったらどうなってしまうのかなんて今は考えたくないと三人は同じことを思いながら作業に戻った。

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