十章 湖の畔へ
ソフィアが工房を開いてから半月が経ち、お店も大分周知してもらえ最近では忙しいくらいにお客が訪れるようになった。そうなって来ると始まりの原っぱや木こりの森やローリエやユリアのお店で買う素材だけではやっていけなくなってきて、いよいよもって少し遠くまで採取に足を延ばそうと彼女は決意する。
「というわけだから、ポルトお店の事は任せたわよ」
「任された! おいらがいれば大丈夫だから、泥船に乗ったつもりで安心しててよ」
「それを言うなら大船に乗ったつもりででしょ」
「そう、それ」
出掛ける支度をしながら話すソフィアにポルトがにこりと笑い答える。しかし間違っていたため指摘すると彼が相槌を打つ。
「ハンスと隊長は分かるけど、イクトも素直に採取に付き合うなんて思わなかったよ」
ハンスを採取地に連れて行くのはこれが初めてで、護衛を頼みたいというと喜んで引き受けてくれた。レイヴィンも彼女が声をかけただけで即返事が戻って来るほど心待ちにしていた様子で、二人が引き受けてくれるのは分かるが、あれだけ反抗的な態度で拒絶ばかりしていたイクトが付いて行くことに頷いた事が意外だとポルトは思ったのである。
「イクト君もよく工房のお手伝いしに来てくれるようになったし、思っているより彼は優しい人なのかもね」
「う~ん。そうかなぁ~。おいらは何か別な意味がある気がするんだけど……」
ソフィアの言葉に彼が難しい顔をして考え込む。
「そろそろ行ってくるね」
「うん。工房の事はまっかせてよ。ソフィーいってらっしゃい」
荷物を背負うと扉を開ける彼女にポルトは笑顔で見送る。こうしてソフィアは初めて向かう採取地へと向けて家を出た。
それから時は経ち、現在木こりの森を抜けたさきにある太古の湖までやって来ていて、レイヴィンが周囲に異常がないかを警戒する中、ソフィアはイクトとハンスと共に素材になりそうな植物や湖の水などを採取する。
「ふむ。これは商品として売れそうだな。少し貰って行こう」
「って、ハンス。さっきから勝手にくすねるのやめろよな」
採取をしていると思っていたハンスが自分のカバンの中へと植物を入れる様子にイクトが怒鳴る。
「もしかしてハンス。あんた最初っからこれが狙いだな」
「へ? どういうことですか」
レイヴィンの言葉にソフィアは不思議そうにハンスへと尋ねる。
「勿論ちゃんと貴女のお手伝いと護衛は致します。ですが、私は商人ですよ。自分の足でしかもただで商品として売れそうな物があれば持って帰るのは当然の事です」
「護衛代の代わりというのはその事だったのですね。まぁ、お手伝いして頂いていますから欲しものがあれば持って帰ってもらっても大丈夫ですよ」
ズレてもいないモノクルをくいっとあげると説明する彼に彼女は出発前に言われた言葉を思い出し納得した。
「あんたそんなこと言ってると全部取られるぞ……」
「ふふっ。ご心配なく。そこはちゃんと線引きしておりますよ」
「っ、皆下がれ!」
「「「!?」」」
イクトが半眼になり呟くとハンスが不敵に笑い答える。すると何かに気付いたレイヴィンが叫ぶ。それに驚いたが、剣を抜き前へと出て行く隊長の姿に危険を感じて彼の後ろへと下がった。
「グルルルッ」
「熊?」
「この湖は動物達の憩いの場なんだろう。こいつは縄張り意識が強いクログマって種類の熊だ。俺達の事を縄張りを荒らしに来た敵だと思って威嚇しているのさ」
茂みの奥から出てきたのは大きな体の熊で、驚くソフィアへとレイヴィンが説明する。
「ハンスさん確かクマを倒せるって言ってましたよね。お願いします」
「うむ。……それでは、これでも食らいなさい」
「グゥ?」
彼女の言葉にハンスがカバンの中から何かを取り出し投げつけた。しかし痛くもかゆくもないといった感じで熊は平然としている。
「おい、全然効いてねぇじゃないか!」
「ふむ……ではここは王国騎士である隊長に任せましょう。隊長頑張ってください」
「あんたなぁ……」
イクトが焦って言うと彼が責任転換してレイヴィンに任せると告げた。その言葉にこいつ本当は戦えないし弱いんだと理解したイクトが小さく毒づく。
「民間人を守るのが騎士団の仕事さ。って事で皆そこから動くなよ。……はぁっ!」
「グワァッ!?」
隊長が言うと背後でソフィア達をかばいながら熊目がけて斬りかかる。その攻撃は目にもとまらぬ速さで三人は一瞬の出来事に驚く。気が付いたら熊は倒れて動かなくなっていた。
「ソフィー。このクマの毛皮とかも素材になるのか?」
「は、はい。動物の毛も牙や爪とかも素材になります」
レイヴィンの言葉に呆けていた彼女だったが慌てて返事をする。
「それじゃあ、肉はハンス。あんたにやるよ。熊肉なんてレアな食材だろう」
「あ、あぁ。そうしてもらえると助かる」
隊長が続けてハンスへと声をかけるとソフィアと同じ様に呆けていた彼が慌てて答えた。
「それじゃあ、今からこの熊を捌くぞ。刺激が強いから見たくない奴は後ろ向いてろ」
「「「!?」」」
レイヴィンの言葉に三人は綺麗に背中を向けて目をつむる。背後から聞こえてくる肉を絶つ生々しい音に彼女達は聞こえないふりをして過ごした。
「よし、もう見ても大丈夫だ」
「はぁ……俺、暫く肉食えないかも」
「私も……」
「商売人として肉を販売する者として、今日の出来事を忘れずに有り難く露店に並べさせて頂きます……」
隊長の声にそちらへと体を戻すと熊の姿は何処にもなく、二つの袋が置かれていて、三人はこの中にあの熊の肉や毛皮や牙や爪が入っていると思うと顔を青ざめる。
「三人とも顔色悪いぞ。少し休憩するか?」
「そうね。そろそろお昼になる頃だと思うから、休憩しましょう」
レイヴィンの言葉にソフィアも昼食を食べようと話す。
「アレの後で飯なんか食えるか」
「同感ですね……」
イクトが怒鳴るとハンスもげんなりした顔で頷く。
「まぁ、そう言わずに。せっかくソフィーが俺達の為にお弁当を作って来てくれたんだぜ。ソフィーの弁当を食べ逃すなんてもったいないだろう」
「それは……確かに」
「俺は別に……」
隊長の言葉に今度はそちらに同意するハンス。イクトにいたっては食べても食べなくてもどちらでもいいといった感じで呟く。
「さ、あの木陰に座って休憩しましょう」
ソフィアが言うと大きな樹の下に思い思いに腰かけ休憩する。
「はい、どうぞ」
彼女が作ってきたサンドウィッチと水筒に入れてきたお茶をカップに注ぎそれぞれに手渡す。
そうして暫くの間昼休憩をはさむ。美味しいと言って微笑むレイヴィンと、女性の手料理を初めて食べるハンスが嬉しそうに食らいつく中、食欲がないと言っていたイクトもこっそりサンドウィッチをかじる。
こうして湖を眺めながらしばらく休憩したのちに再び素材になりそうな物を探して採取する。
そうして十分に素材を集めた後は暗くなる前に野営の準備をして、翌朝町へと向けて戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます