八章 変わりゆく日常
ミラと一緒にお茶会をした翌日。工房の扉が開かれ誰かが入って来る。
「よう。昨日はすまなかったな。今日は見学させてもらいに来たぜ」
「あ、マルセン君いらっしゃい」
「ちょうど今から調合するところなんだよ」
年下なのに相変わらずの態度で入ってきたマルセンへと二人は歓迎して招き入れる。
「赤のお薬ならこの前木こりの森に行った時に採ったトゲトゲの樹の実で一杯作ってあるからしばらくは調合しなくても大丈夫だよ」
「それならこのまま品を作るわね」
「どんな感じで作るのか見るのが楽しみだな」
ポルトの言葉にフラスコを準備するソフィア。一体どんなものが見れるのだろうと瞳をキラキラ輝かせマルセンは見詰める。
「さて、素敵なストールが出来ますように」
「!?」
ソフィアが呟くと赤の薬と金の蜘蛛糸をフラスコの中に投入する。そして念を込めると黄金色に輝きだした。その様子にマルセンは目を白黒させ呆けた顔になる。
「完成よ」
「このストール綺麗だね。誰にあげるの?」
ストールが出来上がり喜ぶ彼女にポルトが尋ねた。
「ミラさんによ。昨日美味しいお茶とお菓子を御馳走してもらったからね」
「そっか、ならおいら渡しに行ってくるよ」
ソフィアの話を聞いた彼がストールを手に掴むと勢いよく工房の扉を開けて駆けて行ってしまう。
「あ、ポルト!? ……もう、私が渡しに行くつもりだったのに」
「あいつ絶対おかし貰うことが狙いだと思うぜ……それにしても錬金術って凄いんだな」
慌てて呼び止めるが既に姿はなく肩をおとす。そこに見学していたマルセンが声をかけてきた。
「そうね、錬金術は凄いわ。何でも作り出すことが出来るし、ライセンスの取得さえすれば誰にでも扱えるのだからね」
「失礼する。ここが錬金術の工房で間違いないか?」
彼へと答えていると誰かが声をかけてきてそちらを見ると扉の前に一人の青年の姿があってソフィアは慌てて対応しようと動く。
「は、はい。ここが錬金術の工房に間違いありません」
「そうか、では君がこの工房の主の錬金術師さんなんだね」
彼女の言葉に青年がさらに問いかけるように言う。
「はい」
「そうか。それでは早速君に頼みたい事があるんだけど。何でもいいので一つ錬金術で作った品を売ってもらえないかな」
それに答えると青年がそう言ってきた。
「え、どんなものでもよろしいのですか?」
「そう。どんな品でも文句は言わない。君が作る錬金術の品が見たいんだ」
こんなこと言われたのは初めてで戸惑っていると荒々しい足音が聞こえてきた。
「レオ様ここに来ていると思いましたよ」
「隊長待って下さい。相変わらず早くて付いて行けない……」
駆け込んできたのは二人の騎士でソフィアとマルセンは状況がつかめず驚く。
「おや、もう見つかってしまったか……」
「なんなら、先回りしててもよかったんですけれどね」
「レオ様お父上様が探しておりましたよ。今すぐお戻りください」
見つかった事に対してさほど驚いた様子も見せずに青年が言うと二人の騎士が口々に話す。
「ははっ。レイヴィンのいう事は冗談に聞こえないから怖いな。……お嬢さん。今日は帰らないといけないのでまた今度日を改めて依頼をお願いします」
「は、はい」
青年の言葉に返事をすると彼等は扉の外へと向けて歩いて行く。
「さ、帰りますよ」
「まったく。相変わらずレオ様の家を抜け出すその癖は治らないんですね」
「ははっ。こればかりは一生治らないだろうな」
「いやなこと言いますね……」
「何度抜け出そうともその度に俺が見つけて見せるから安心しろって」
「いや、抜け出さないように見張っておいてくださいよ!」
扉の外から話し合いながら帰っていく青年達の声が聞こえマルセンと二人で顔を見合わせる。
「何だったんだ?」
「さあ?」
二人して疑問符を浮かべていたが、そこにポルトがお菓子の入った籠を持って帰ってきたのでソフィア達の意識はそちらへと向いた。
「ふ~ん。おいらがいないあいだにそんな事が……おいらも見て見たかったなぁ~」
「また来るって言っていたからそのうちくると思うわよ」
「しかし騎士団の人と仲良さげな感じのあの男の人って一体何者なんだろう」
ポルトが持って帰ったお菓子とソフィアが入れた紅茶でお茶会をしながら三人で話し合う。
「そうね。レオ様って呼ばれていたわね。「様」て言う事はとても身分の高い人って事かな」
「この国には貴族とか一杯住んでるからな。貴族の人なら騎士団の人と仲が良くても納得できる」
「ふ~ん。あむ、あむむ」
彼女の言葉にマルセンが言うとポルトが分かっていないのに生返事をする。
「って、お前絶対わかってないだろう」
「うん!」
「はぁ……」
彼の言葉に悪びれる様子もなく大きく頷くポルトにマルセンが溜息を吐いた。
「でも何でもいいから錬金術で作った物を売ってくれなんて今まで経験したことなかったから少し戸惑っちゃったわ」
「あの様子だとまた来るんだよな。その時に何を渡すんだ?」
ソフィアの言葉に彼が尋ねる。
「そうね。貴族の人が喜びそうな物……興味を示しそうな物とかかしら?」
「以外にお姉さんの力量を試す為だったりして」
「ええっ!?」
答えた彼女へとポルトがお菓子を口に頬張りながら話す。それに盛大に驚いてしまう。
「落ち着けって。そんなに緊張しなくてもあの様子ならどんなものでも気に入ってもらえそうな感じだったぞ」
「マルセン君凄い。よくそんなことわかるわね」
動揺して緊張するソフィアへとマルセンが話す。その言葉に彼女は感心してしまった。
「そんなのよく見てれば分かるって。ていうかあんた仮にもお店やってるんだからお客がどんなものを求めているのかを見極める目は持っておけよな」
「う……確かに必要よね」
自分より幼い彼に言われてしまうと面目ないといった感じで溜息を零す。
「こんにちは。ソフィーいるかしら」
「はい」
そこに誰かの声が聞こえてきてソフィアは工房の方へと戻る。
「今日はお友達を連れてきたの。あなたの工房で作った品をぜひ買いたいそうよ」
「畏まりました。どの様な物をお求めでしょうか」
「何だかお店の方が忙しくなってきたみたいだな。俺はこのまま端っこで見学させてもらうからお前はソフィーを手伝って来いよ」
「うん。それじゃあ品物落とすなよ」
一気に店内が忙しくなった様子に台所の方でお菓子を食べていた二人も顔を覗かせる。
そうして少しずつ認知され始めてきた工房にこの日は営業してから初めてお客さんで一杯になり、ソフィアとポルトはくたくたになるまで働いた。
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