七章 新たな出会い

 イクトとポルトと一緒に木こりの森へと行ってから二日が経過した頃。


「ソフィー。今日はミラさんのお店に行くの?」


「えぇ、そうよ。ミラさんから工房も大分落ち着いて来ただろうからお茶でもどうかって招待されたのよ」


仕立て屋さんへと向かって歩きながら楽しくおしゃべりをしていると目の前に黒い影が立ちはだかる。


「「!?」」


「お前達見かけない顔だな。新入りか?」


「お前なんだよ。急に道を塞いで邪魔だろう。どけよ」


驚いて立ち止まる二人を品定めするように見やるのは大きな体の男の子で、急に道をふさがれたことにポルトが怒る。


「お前達何も知らないんだな。俺はこのライゼン通りを牛耳っているマルセン様だ。ここを通りたかったら十レートよこすんだな」


「何だとぅ!?」


「おや、おや。表がにぎやかだと思ったらソフィーちゃんにポルト君。それにマルセン君も如何したんだい」


鼻で笑う少年の挑発に乗るポルト。ソフィアがどうしようかなと思っていると誰かの声が聞こえてきた。


「あ、ミラさん。こんにちは」


「はい、こんにちは。今日はわざわざ来てもらって悪かったね」


「そんなことないよ。お茶会楽しみにしてきたんだ」


そちらを見ると玄関先に立つミラの姿がありソフィア達はお互い軽く挨拶を交わす。


「お前達ミラさんと知り合いなのか?」


「えぇ。ミラさんは私が錬金術の工房を開く時にとてもお世話になった方なの」


「おいらもよくおやつ貰うんだ」


先ほどまで態度が悪かったマルセンが急に調子を変えて尋ねてきたので驚いたが素直に答える。


「錬金術師? 工房? なんだそりゃ?」


「錬金術っていうのは素材同士を組み合せて行う科学なの……まあ、わかりやすくいうと料理みたいなものよ」


目を丸めて不思議がる彼へとソフィアは説明するが理解できていない様子にそう言い直す。


「なるほど、よく分からないが分かった。……そう言えばこの前レイニーも錬金術師から貰った風邪薬ですっかり病気が治ったって言っていたけど、それを作ったのがあんたか?」


「え、レイニー?」


「レイニーはリーナのとこの子の名前だよ」


マルセンの言葉に思い当たるふしが無くて不思議そうにしているとミラがそっと教えてくれる。


「リーナさんの家のお子さんレイニーっていうのね。えぇ。そうよ、あの風邪薬も私が調合した物よ」


「やっぱりそうか、錬金術って凄いんだな!」


ソフィアの言葉に彼がにこりと笑うとすごいと褒める。よくころころと性格の変わる子だなと彼女は思いながら見つめる。


「俺も錬金術ってやつに興味を持ったぜ。今度工房を見学に行かせてもらえないか」


「えぇ、勿論よ」


工房に来たいと話すマルセンに大丈夫だという意味も込めて笑顔で頷く。


「こいつさっきまで態度が悪かったのに、何だよ。急に手の内帰すみたいに複雑~」


「それ漢字が間違ってるから。「帰る」ほうじゃなくて「返す」ほうだからね」


「そう、それ」


未だに不機嫌な様子のポルトの言葉が間違っているとソフィアは訂正を入れる。それに彼がそうだったといった顔で頷く。


「よく今の言葉で漢字が違うなんてわかったな……」


「慣れよ、慣れ。ポルトはまだ人間の世界に来て日が浅いからよく言い間違えたりするからね」


少年が驚いた顔で尋ねると悟った瞳で彼女は答える。


「日が浅いとか関係なくこいつ根からそうなんじゃないのか?」


「おや、おや。ポルト君は可愛い間違いをするのねぇ」


半眼になりながらマルセンが言うと今まで黙って話を聞いていたミラがにこやかに微笑む。


「さぁ、立ち話もなんだし中へ入ってお茶会しましょう」


「はい」


「は~い」


彼女の言葉にソフィアとポルトが同時に返事をする。


「それじゃあ、俺はおふくろに頼まれた用事を済ませないといけないからこれで」


「あ、マルセン君少し待って」


この場を立ち去ろうとするマルセンをミラが呼び止め近寄ると手のひらに何かを乗せた。


「っ!? だめですよ。ミラさん。これは貰えません」


「さっきそこでパンを失くしてしまった子の代わりにパンを買ってあげてお金が足りなくなったのでしょう。マルセン君もお使いの途中だったのだろうから、そうなると困るんじゃないかい。だから、これを使ってくれないかねぇ」


「へ、そうなの?」


慌てて押し返す掌には十レートが乗っていて、貰えないという彼へとミラが優しく微笑み受け取ってくれという。その言葉にポルトが驚く。


「お前通行人からお金をむしり取る悪い奴かと思ったら、案外いい奴だったんだな」


「う、うるさいな。いい奴とかそんなんじゃねぇよ。俺はちょっと……じ、自分の為にお小遣い稼ぎしたかっただけだ」


先ほどまでの視線から一変して尊敬の眼差しを送る彼から、顔を明後日の方に向けて慌てて取り繕うマルセン。だが嘘だというのはバレバレである。


「それじゃあ、これは私からのお小遣いだよ。さ、貰っておくれ」


「ミラさん……有り難う御座います」


ミラの言葉に彼が深々と頭を下げるとお金をしっかりと握りしめ立ち去っていった。


「待たせてしまったね。さぁ、中に入ってお茶会をしましょう」


「いいえ。ミラさんって何でもよくわかるんですね。尊敬しちゃうな」


「おいらもミラは凄いって思う」


部屋の中へと招いてもらいながらソフィアとポルトが言う。


「私だって何でも分かっているわけではないのよ。ただ、貴女達より少し年をとっている分知っている事が多いだけよ」


「私ミラさんみたいな素敵な女の人になりたいです」


「お姉さんは今でも十分素敵な女の人だよ?」


奥にある簡易台所の椅子に座り三人でお茶会を始めながら話をする。


「私はまだまだ素敵な女性とは言い切れないわ。自分の事で一杯一杯になってしまう時もあるもの」


「おいらから見ればソフィーも十分素敵な女の人だけれどなぁ?」


謙虚に自分はまだまだだと語る彼女にポルトが全く分かっていないといった顔で話す。


「ふふ。ソフィーちゃんは今でも十分素敵な女の子よ。だけどもっと歳を重ねたらもっと素敵な大人の女性になるわ」


「そうなれますか?」


微笑み言われた言葉にカップへと視線を落としながらソフィアは自信なさげに尋ねる。


「えぇ、勿論よ」


「ミラさん……有り難う御座います」


優しく微笑み言われた言葉に胸が一杯になりお礼を述べた。


「なら、おいらも素敵な一人前の妖精になりたいな」


「ポルトはそのために人間界に修行しに来てるんだものね」


既にお皿の上のお菓子を全て食べ終え紅茶を飲みながらポルトが言うと、ソフィアはなんだかおかしくなって微笑む。


「うん! 早くソフィーやミラみたいな一人前の大人のお仲間になりたいよ。ねぇ、ねぇ。お姉さん。どうやったら一人前のお仲間になれる?」


「え、どうやってって言われても……」


純粋な気持ちで問いかけられてもソフィアにはその答えを言えるほど自分は偉くないと思い押し黙る。


「それはね、自分で道を選んで、自分で決める事なのだよ。一人前の大人になれるかどうかはポルト君の頑張り次第ね」


「そっか、ならおいら今は錬金術の修行を頑張る。ソフィーもっともっといろんなことを教えてね」


「えぇ。それは勿論よ」


二人の様子を見ていたミラが微笑み語った。その言葉に納得した彼がにこりと笑い教えてくれと言ったのでソフィアは大きく頷き答える。


こうして午後の一時はゆっくりと流れて行き三人で楽しいお茶会をして過ごした。

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