六章 木こりの森
いよいよ木こりの森へと採取に向かう日となった。早朝から扉を乱暴にたたく音に目が覚めたソフィアは急いで支度して玄関へと向かう。
「さっきから何度も声をかけてるっていうのに、何時まで人を待たせる気だ。さっさと準備しろよ」
「むぅ~。もうちょっとで大きなケーキを食べられるところだったのに。お前のせいで夢から覚めちゃったじゃないか」
扉を開けたさきには仏頂面をして立っているイクトの姿があり、目覚めたばかりのポルトが文句を言う。
「あっそう。そんなの俺の知った事じゃないね」
「なんだとぅ!?」
鼻で笑われ不機嫌になった彼が噛みつく。
「ほ、ほら。ポルト今日は皆で木こりの森まで採取に出かける日でしょ」
「あぁ、そうだった。おいら早く準備してくるね」
それを見かねてソフィアが間に入ると一瞬で機嫌を直したポルトが支度をしてくると言って部屋へと戻って行った。
「あんたもさっさと準備してよね。ここで待っててあげるからさ」
「直ぐに準備するわ」
イクトの言葉に彼女は苦笑を零すとお昼ご飯にとサンドウィッチを沢山作りバスケットにしまい込む。
「準備できたよ。いつでも凹木(へこき)の森までいけるよ」
「凹木じゃなくて木こりの森よ」
「準備できたんならさっさと行くぞ」
駆け下りてきたポルトが間違った地名をいっていたため言い直していると、待ちぼうけを食らっているイクトが苛立った声をあげて先に歩いて行ってしまう。
「あ、待って。イクト君。木こりの森はそこまで危険じゃないかもしれないけれど、クマやイノシシなんかが出ると危ないから、これ持ってて」
「これは?」
ソフィアが差し出したアクセサリーを訝しげに見詰める彼に説明するために口を開く。
「これは身代わりのペンダントって言って。一度だけ持ち主の代わりに厄を払ってくれるお守りよ」
「お姉さんが作ってくれたんだよ。これを持ってればイノシシやクマと会っても大丈夫なんだって」
彼女の言葉にポルトがなぜか自慢げにペンダントを見せながら話す。
「ただ一回だけ身を守ってもらえてもその後また襲われたら使えないじゃないか」
「その時は私が持っているアイテムで何とか逃げれば大丈夫よ。私達は獣とも真面に戦えないと思っていろいろと作っておいたの」
使えないと悪態をつくイクトへとアイテムを詰めた袋を見せながらソフィアは言う。
イクトもとりあえずは納得してくれたようでその後は町を出て木こりの森を目指した。
「ここが木こりの森ね。色々と素材になりそうなものがありそう」
「ソフィー。何を集めればいい」
木こりの森へと到着すると早速採取したいと言いたげな顔でポルトが尋ねる。
「木の実や薬草、キノコとか兎に角この図鑑に書かれている物を中心に集めてくれれば大丈夫よ」
「分かった!」
「それじゃあ俺はあっちを見てきてやるよ」
そうしてしばらくの間三人は森の中を散策しながら素材となりそうな物を集めて行く。
「二人ともお疲れ様。そろそろお昼休憩にしましょう」
「やった~。待ってました」
「ふー。慣れないことはするもんじゃないね。もうちょっと声をかけるのが遅かったら嫌になってたところだったよ」
お昼の準備をしていたソフィアの言葉に二人が直ぐに採取を切り止め戻ってくる。
「あむ。あむ……でもさ、意外だなぁ~。あのイクトがこんなにちゃんと、はむ、あむむ。採取に付き合うなんて」
「それは私も驚いたわ。あ、気分を害したらごめんなさい。でも、あんなにお店番をするのも嫌そうだったのにどうして私のお手伝いをしたいなんて言ってくれたのかなって」
大きく口を開けてサンドウィッチを食べながらポルトが言うと彼女も気になっていた様で尋ねた。
「……別にあんたの為とかじゃないよ。あんたの手伝いっていえばあのおばさん喜んで俺を送り出してくれるからな。ヒマな店番するくらいならあんたのお仕事のお手伝いっていって家を抜け出した方のが楽だからだよ」
「へっ?」
しかし返ってきた言葉にソフィアは硬直してしまう。
「せいぜいこれからも利用させてもらうぜ。ソフィー」
「要はお姉さん付け込まれただけみたいだね」
にやりと笑い放たれた言葉にポルトが三個目のサンドウィッチを口に頬張りながら話した。
イクトの言葉に些か不安が残るもののこの日は文句を言いながらもちゃんと採取に付き合ってくれて何だかんだで、たった一日で袋三個分の素材が手に入る。
「二人ともお疲れ様。これだけあれば暫くは採取に来なくても大丈夫そうよ」
「……っ!?」
「ん、イクトどうしたの?」
そろそろ切り上げようかと思った頃にイクトが急に険しい顔で座り込んでしまう。
「何でもない。こっち見るなよ」
「イクト君もしかしてそこを怪我したの?」
慌てて右手を隠す彼の様子に怪我をしたのだと思ったソフィアは尋ねる。
「採取しているときにクルナギノ木の葉で掠っただけだ」
「クルナギノ木の葉っぱってあの鋭利な奴だよね」
仕方ないといった感じで説明するイクトの言葉にポルトが図鑑で見たのを記憶しており話す。
「ちょっと見せて。直ぐに傷薬を塗らないと、あの木の葉っぱに切られた傷を放っておくとそのうち膿が出来るから」
「だ、大丈夫だって言ってんだろう」
傷薬を取り出し近寄る彼女へと彼が怒鳴るように叫び体を後ろに向けた。
「いいからじっとしていて!」
「!?」
ソフィアはいささか強引に彼の怪我した方の手を取り傷薬を塗り込む。その一連の行動にイクトが驚いて目を見開いた。
「これで大丈夫。まだ痛む?」
「……別に。大したことないって言ってんのになんでだよ」
彼女の言葉にうつむいてしまった彼がぼやくように言う。
「目の前で怪我をした人がいたら治すのが当然でしょう」
「意味わかんない……でも」
「「?」」
急に黙り込んでしまったイクトの様子を二人して不思議そうに見詰める。
「ソフィー……あ、あのさ。あんたの手伝いだったらこれからもやってやるよ。有り難く思えよ」
「うん。有り難う」
照れた顔でそう言ってきた彼に少しだけ心を開いてもらえた事が嬉しくてソフィアは微笑む。
「暗くなる前に帰ろう」
「ええ」
「……」
ポルトの言葉に返事をする彼女の姿をじっと見つめながら治してもらった右手を押さえる。
「少しなら、付き合ってやってもいいかな」
二人には聞き取れない声音で呟くとその後を追いかけるように帰路につく。
「……異常なし。本部へ連絡を」
「はっ!」
三人が帰った後、木々の間に立っている隊服を着た男が呟くと部下だと思われる青年が返事をする。
ソフィアが彼等と出会う日が来るのはそう遠くはなさそうだ。
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