三章 弟子入り志願!?

 鳥のさえずりが聞こえる早朝。開店前の準備をしていると扉が開かれ誰かが入って来る。


「あれ、誰か来た。すみませんまだ準備中で……って、イ、イクト君?」


「……」


扉の側に立っているのはあの不愛想でかわいげのない青年イクトだった。


「あんたが来るのを待っていても全然来ないから、仕方ないからこっちから来てやったよ。力仕事が必要だったり、採取とかってやつで町の外に行く事もあるんだろう。だから今日からこの工房の手伝いをしてやる。別にあのおばさんに言われたから手伝うってわけじゃない。錬金術っていうのがどんなものなのか興味があるから、だから手伝うんだ」


「本当に、お手伝いしてくれるの? そうしてもらえたらとても有り難いけれど……」


相変わらずぶっきらぼうな顔でそう告げる彼へと信じられないといった感じでソフィアは呟く。


「手伝ってやるって言ってるだろう……と、兎に角。あんたが嫌だっていっても勝手に手伝いに来るから。採取とかにも付き合う。何時でも声をかけてくれよ」


「分かった。今日から力仕事が必要な時や採取に付き合ってもらいたい時はお願いするね」


「えぇ~。そ、そんなぁ~。おいらせっかくここで雇ってもらおうと思ったのにぃ~」


「「!?」」


行き成り聞こえてきた第三者の言葉に二人は盛大に驚き声の発言者へと視線を向けた。


「お姉さん。今のお話は本当なの? この生意気そうで全然頼りにならなさそうなお兄さんに手伝ってもらうって」


「おい、ガキ。誰が生意気で頼りなさそうだって」


「ま、まぁ~まぁ、落ち着いて。相手は幼い子なんだから」


涙目で縋るように話す幼い少年の言葉にいらだった様子でイクトが怒鳴ると、ソフィアはなだめる。


「えっと、君はどうしてこの工房に?」


「おいら修行中の身なんだよ。三年間人間の世界で生活しないと一人前の土の妖精と認めてもらえないんだ。そしたら、この工房のチラシを拾って、それでここで雇ってもらおうと思ったんだ」


「雇う? お前みたいなガキを?」


少年へと視線を合わせて尋ねる彼女へと男の子が説明した。その言葉にイクトが嘲笑う。


「むっ。おいらガキじゃないよ。土の妖精ではもう成人なの。ただ、りっぱな大人として認めてもらうためにも三年間の修行で手に職を付けないといけないんだ。だからおいられんきんじゅつってやつを身に着けてりっぱな大人の仲間入りを果たしたいんだ。そうだ、お姉さん。おいらを弟子にしてくれよ」


「へ、で、弟子?」


彼の言葉に不貞腐れた顔をして説明する少年が今度は笑顔になり弟子にしてくれと頼む。その発言にソフィアは驚いて目を瞬いた。


「そう。お姉さん工房を開けるほど立派なれんきんじゅつしなんだろう? そんなすごい人の弟子になればおいらも立派な大人の仲間入りできる気がするんだよ」


「ち、ちょっと待って! この工房は始めたばかりで誰か弟子を雇うようなお金の余裕は全然なくて……」


少年の言葉に待ったをかける。工房を始めたばかりで弟子を採るほどお金に余裕がないと伝えると彼がにこりと笑い口を開く。


「お金なら心配いらないよ。おいらも全然人間界のお金なんて持ってないし。だから、代わりに体で働いて返すよ。掃除に、お料理、お洗濯、れんきんじゅつのお手伝いだって採取だってなんでもお手伝いするよ。だからおいらをここに置いてくれないか。お姉さんに断られたらおいら行くところないんだよ~」


(うぅ……断れない)


最後は泣き落としにかかる少年の純粋な瞳で見詰められてしまえば断れなくなりソフィアは小さく溜息を吐いた。


「……分かった。あなたを弟子にするわ」


「やったぁ~!」


「はぁ!? 正気かよ。こんなチビを弟子にするって……あんたどんだけお人好しなんだよ」


彼女の言葉に喜ぶ少年と納得いかないと言わんばかりにぼやくイクト。


「でも、あなた錬金術のことちゃんとわかってるの?」


「ぜ~んぜん」


ソフィアの言葉に少年は純粋無垢な微笑みで首を横に振る。


「へ?」


「おい、本気でこいつを弟子にする気か?」


一瞬の間の後呆けた声をあげて固まってしまう彼女へとイクトが半眼になり睨み付けながら問いかけた。


「でも、人間の世界でのことはある程度精霊界で勉強してきたから大丈夫。れんきんじゅつってやつもすぐに覚えられるよ」


「だ、大丈夫かな~」


「付き合ってらんねぇ。俺は帰るぞ」


肩をおとし呟くソフィアへと彼がぶっきらぼうな顔で告げると踵を返す。


「あ、待って! 今度の休日。採取に付き合ってもらえると助かるのだけれど……」


「今度の休日だな。朝あんたの工房まで顔を出してやる。じゃあな」


慌ててその背を呼び止めると採取に付き合ってもらえないか頼む。それにイクトが答えると速足で工房を後にした。


「それで、お姉さん。おいらまずは何から始めたらいい? 掃除、それともお料理。それとも洗濯?」


「えぇっと。まずは、錬金術の基礎知識からからかな。ってことではい。子供向けの錬金術の基礎の本よ。オルドーラ王国では子どもの学習でよく使われている一般的なものだから、これである程度は覚えられるはずよ」


「分かった。これを読めばれんきんじゅつってやつのことが分かるんだね。早速お勉強してくるよ」


やる気満々で腕まくりする少年へと彼女は棚から本を取り出し差し出す。


「あ、自己紹介がまだだったね。私はソフィア。ソフィーって呼ばれているわ」


「おいらは土の妖精ポルトだよ。ソフィーこれからよろしくね」


ソフィアの言葉にポルトと名乗った少年がにこりと笑った。


「何だか、急にこの工房も大変になりそうね」


「ソフィー何か不安なの? おいらに任せておけば全然問題ないよ」


「あは……」


目の前にいる妖精さん自身の事で大変になりそうだとは口が裂けても言えないと彼女は思う。


こうして正式にイクトが時々工房のお手伝いに来てくれるようになり、採取にも付き合ってもらえるようになった。


またポルトが弟子として入った事で工房での雑務は彼がやってくれるようになる。錬金術についてはまったくの素人であったが、それ以外の知識は博識で手伝いがいらないほど完璧だったため問題なく生活していけれると判断したソフィアは錬金術師としての基礎を教えながら簡単な作業は彼に任せる事にしたのだ。


こうして工房を開いてからの一週間があっという間に過ぎ去っていったのである。


「ふむ。ここがライゼン通り。……活気で満ち溢れている。ここでならよい商売が出来そうだ。くくくくくっ……」


大きな荷馬車を引っぱり通りに入ってきた青年が怪しく笑う。ソフィアの周りにまた新たな人物との出会いが用意されているようである。

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