一章 工房をはじめます
リーナが紹介してくれるいい人に会うためその人物のお店へと向かう。
「ここの仕立て屋の主はこのライゼン通りについて詳しいのよ。だから錬金術の工房にふさわしい空き家があれば教えてもらえるわ」
「仕立て屋さん……可愛らしいお店ですね」
彼女の言葉で立ち止まり自宅兼店舗の建物を見上げてソフィアは微笑む。こんなに可愛らしいお店の店主さんなのだからきっと優しくて素敵な女の子か女性だろうと思う。
「こんにちは、ミラさんはいるかしら?」
「お邪魔します」
リーナの後に続いて店内へと入る。チリンチリンと可愛らしい音を立てて来客を知らせる鈴の音が鳴り響いた。
「……ちっ。おばさんなら今いないよ。目障りだからさっさと出てって」
(うっわ~。荒い歓迎……私みたいな余所者は店に来るなって事?)
しかし店内には可愛らしい女の子も素敵な女性の姿もなく、いたのは店番だと思われるぶっきらぼうで不愛想な横暴な態度の青年一人。
嫌々ながらに言われた言葉にソフィアは冷や汗を流す。
「もう、イクト君。貴方ってばいつもそうやってお客様を追い帰してるの? ……この店に来て何年目になるのかしら? いいかげん諦めてこのお店で生活する気になったら――」
「あ~あっ! 御託は結構だ。そんな言葉耳にたこが出来るほど聞き飽きた。あんた達どうせ客じゃないんだろう。なら、追い帰そうがどうしようがこっちの勝手だろう」
注意するように話し始めたリーナの言葉を遮り青年が不機嫌そうに言い放つ。
「イクトや、お客様に失礼だろう。リーナさん、それにそちらのお嬢さんもごめんなさいね。ちょっと用事で出かけていましたので」
「ちっ。あんたが帰って来たなら俺はここにいなくてもいいだろう。は~ぁ。ヒマな店番なんてやるだけ無駄だね。さっさと遊びにでも行こう」
扉が開く音とともに入ってきた女性が穏やかで暖かな微笑みを浮かべて話す。苦労してきたのかその姿は実際の年齢よりも老けて見えた。
店主が戻ってきた途端青年が大きな舌打ちを打つと横暴な態度を崩さずにとげとげしい言葉を残してさっさと店を出て行ってしまう。
「驚いてしまっただろう。イクトも悪い子じゃないんだよ。ただちょっと成長期でね」
「は、はぁ……」
女性が申し訳なさそうな顔で言う言葉にソフィアは如何返答すればいいか困り曖昧に頷く。
「もぅ、相変わらずミラさんは甘いんだから。そんなんだから何時まで経ってもイクト君がつけあがるのよ。……っと、そんなことより、この子ソフィアって言うんだけどね。この国で錬金術のお店を始めたいんですって。それで、ミラさんならいい物件を知ってるんじゃないかと思って」
「それなら丁度この近くにいい家があるよ。如何だい? いまから見に行くかい」
リーナが溜息交じりに言った後気持ちを切り替えて説明する。その言葉に店主が物件を紹介してくれると話す。
「いいんですか? 私は有り難いですけれど。でも、お店があるのでは……」
「なぁに、元々そんなにお客が来るお店ではないし、半日休みにしたって問題はないよ。それよりも、このライゼン通りに新しい仕事仲間が増えるんだ。その仲間の為にいろいろとやってあげられることはしてあげたくてね」
「有り難う御座います」
彼女の言葉に店主が優しく微笑み答えると、ソフィアは頭を下げて感謝の気持ちを伝えた。
それからすぐに女性がお店を閉めると三人で工房に使えるかもしれない物件へと向かう。
「どうだい、少し埃がたまっているが、手入れをすれば綺麗な工房になると思うよ」
「素敵……私こういうこじんまりとした可愛らしいお店を持ちたいと思っていたんです。あの、本当にここをお借りできるのですか?」
女性の言葉に部屋の中をぐるりと見まわしたソフィアがうっとりとした顔で微笑む。
「あぁ。ここの持ち主は私の古くからのお友達でね。私から安く売ってもらえるように頼んでみるよ」
「あの、何から何まで本当に有難う御座います」
「いいのよ。この通りに新しいお店が入ってくれると賑やかになるからね。……自己紹介が遅れたね、私はミラ。仕立て屋アイリスの店主だよ。ご近所さん通しこれからよろしくね」
店主の言葉に彼女は感謝の気持ちを最大限に深々と頭を下げる。その姿に女性が微笑むと自己紹介をしてくれた。これからこのライゼン通りでお店仲間として仲良くしていこうと言ってくれたことにソフィアは感動して涙を瞳に溜めた。
「嬉しいです。私、この国に来たばかりで不安だったのですが……こんなにも親身になってくれる人が出来て、リーナさん、ミラさん本当に有難う御座います」
「貴女のおかげで腹痛が治ったのですもの。そんな素敵な薬を調合できる錬金術師さんならきっとこの国にいい意味での変化をもたらしてくれると思うから。だから期待しているのよ」
「困った事があったらこのライゼン通りにお店を構える者通しで支え合うのが決まりなんだよ。だからいつでも頼ってくれていいのだからね」
優しく微笑み語る二人の姿にソフィアはこの国を選んでよかったと心から思うのである。
「私、ここで工房を開きます。リーナさん、ミラさん。これからよろしくお願い致します」
綺麗にお辞儀して頼む彼女の姿にリーナもミラも優しく微笑んでくれた。
それからすぐにミラが建物の持ち主であるオーナーに話を通してくれて、手続きやらお店をオープンさせるための準備やらなんやらを全て手伝ってくれる。
リーナも用事がない時に建物の掃除や片付けを手伝ってくれたりと世話を焼いてくれてすっかり仲良しとなった。
そうしてあっという間に工房のオープン初日へとなる。
「いよいよ今日から工房をオープンさせるのか……はぁ。緊張してきちゃった」
「こんにちは。ソフィーいよいよオープンね。おめでとう」
「ソフィーちゃん。オープン記念のお祝いの花束だよ。おめでとう」
空き家の時とは見違えるほど素敵な店内になった工房で感慨に浸っていると扉が開かれリーナとミラが入って来た。
「リーナさん、ミラさん。何から何までいろいろと有り難うございました」
「そんな事気にしなくていいのよ。さっそくお願いがあるのだけれどね。絶対に効く風邪薬が欲しいのよ」
二人へと感謝の気持ちを述べる彼女にリーナが微笑むと、早速お店を利用したいという。
「それなら丁度在庫があります。はい。こちらです」
「それならこれを一ついただくわ。お代はこれでいいかしら」
棚の中から風邪薬の箱を取り出すと見せる。彼女がそれを受け取り貼られている金額シールを確認してからお金を差し出す。
「有り難う御座います」
「私こそ有り難う。さて、それじゃあ私は家に戻ってこの風邪薬をあの子に飲ませてあげないといけないから、今日はもう帰るわね。また今度様子を見に来るわ」
代金を受け取るとリーナがそう言って店を出て行く。
「ソフィーちゃん一人じゃ大変なこともあるだろうから、家のイクトでよければいつでも手伝わせていいからね」
「え。イクト君を……ですか」
ミラの言葉にたじろいでしまう。イクトのあの態度を思い出し冷や汗を流した。
「あの子、ああ見えて優しい子だから。少し表現の方法が分からなくてあんな態度をとってしまうだけなの。ソフィーちゃんはイクトと年が同じくらいだと思うから、お友達になってあげてはくれないかね」
「ミラさんの頼みならば……分かりました」
色々としてもらったミラへ恩返しになるならとイクトと仲良くすることを了承する。
「有難うね。ソフィーちゃんと関わる事でイクトにもいい刺激になるだろうし、それにあの子、以外に貴女の事気にしていたみたいだから。ソフィーさんの方から声をかけてあげたら喜ぶと思うのよ」
「あのイクト君が私の事を気にしていた?」
些か信じられない事実に愕然としてしまうソフィアだったがミラがまた口を開いたため意識を戻す。
「あの子。人とのかかわり方が解らないだけなのよ。だからソフィーちゃんの手伝いをする事でイクトも少しずつ良くなっていくと思うの。お願いできるかしら」
「……分かりました。力仕事とか調合に必要な素材の採取とかがあればイクト君を誘ってみます」
イクトと仲良くなれるか自信はないが彼女の手前その言葉はどうしても言えず頷いてしまう。
「有難うね。それじゃあ私もそろそろお店に戻らないといけないけれど、ソフィーちゃんもお店頑張ってね」
ミラは安心した顔で微笑むとお店を出て行く。こうしてソフィアは念願の錬金術の工房を手に入れ生活していくこととなった。
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