それから月日が流れ、あたしは大人になった。

 そしてこの村で大人になった女が全員そうするように、あたしも嫁にいくことが決まった。

 夫になるのは山を越えたところにある隣の村の若者。

 あたしの育った村では、あたしの目が色なしだってことはとっくに知られてたから、こんな欠陥品には買い手がつかなかったそうだ。

 嫁入りの支度を済ませ、いよいよ明日この村を出るという日。

 村人が全員寝静まった夜、あたしはそっと家の外に出た。

「フジ… 」

 思った通り、藤色の目をした友だちは家の前であたしを待っていた。

 大人になってしまったあたしと違い、フジはずっと出会ったときの十の少女のままだった。

 それが羨ましくもあり、なんだかすごく悲しくもあり… あたしは自分の胸の高さほどしかない少女の頭をそっと抱き寄せた。

 フジに触れると、あたしの世界は美しく色づくはずだった。

 だけど… そのとき初めて、世界は何も変わらなかった。

 何も変わらない。白黒の世界。

 愕然とした。

 あたしの世界から、色が完全になくなってしまったのだ。

(あたしが、大人になったから… ?)

 フジが顔を上げる。

 藤色に輝く二つの瞳だけが、煌々とあたしを照らしていた。

(あたしに残された唯一の色… )

 それがこの瞳… 世界で一番綺麗な、フジの色… 。

「フジ… あたしは、あんたとずっと一緒にいたかったよ。あんたみたいに、ずっと十のままで… ずっと子どものままで… 永遠に少女のままで… 」

「ひかり… 」

 フジがあたしの背中に手を回す。

 フジは小さい子にするみたいに、やさしく背中を撫でてくれた。

「ひかり… 私はね、死ぬことができないの。成長することも、老いることも、死ぬこともできないの。自分でそういう呪いをかけたの。だから… 人間と一緒に生きていくことは、できない。私は化け物だから… 」

 あたしは泣いた。

 フジに出会ってから初めて泣いた。

 嫁入りが決まったときも、生まれ育った村を出ていくと決まったときも、涙なんて流さなかったのに。

 フジの前で、あたしは初めて泣いた。

「あんたが化け物だって、何だっていいんだよ!あんたはフジなんだから… !」

 フジが大きく目を見開く。

「あたしは、あたしは… フジと一緒にいたかった… !」

「ひかり… 」

 藤色の目が、悲しげに伏せられる。

「それは、できないの… 」

 フジの手が、そっと背中から離れる。

「あなたは人だから… 」

「そんなことない!あたしだって… あたしだって、バケモノになっていくよ!」

 大人(バケモノ)に。

 女(バケモノ)に。

 妻(バケモノ)に。

 母(バケモノ)に。

「ひかり、違うわ。だって、それが… 変わっていくということが… 」

 そして、あたしの腕の中に温もりだけを残して。

「… 生きているということだから」

 フジは、夜に溶けるように消えてしまった。

「… ああああっ‼︎」

 あたしはその場に崩折れて、もう戻らない少女時代の欠片を掻き集めて、泣いた。

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