2-8
「――ね? リュカ。そうよね?」
ティナの言葉にリュカはハッと回想から引き戻される。
どうやらティナはずっと何やら話していたようだ。
二年前の回想の中にどっぷり意識がひたっていたため、ティナの話はまったく耳に入っていなかったのだが。
「だって、あのときあの子が店の再開に力を貸してくれて、とってもありがたかったのよ。もちろん店の商品のこともそうだけど、気持ちが救われたわ」
「そうだな」
相槌を打ち、リュカの回想とティナの話はあながちズレていなかったらしいことに気付き、内心ホッとする。
(あぶないところだった……)
話を聞いていないことがバレたらティナに吊るされる。
「リュカ? 聞いてるの?」
「あ、ああ! もちろん聞いてる。あの時、ローズの薬物製造の知識と腕前にはほんとうに驚かされた」
ティナの店で売られていた洗剤や香油や薬。爆発で失われたそれらの物を、ローズは教会の物置小屋で製造してみせたのだ。
「それに、リュカもあの時ローズに助けられたわよね?」
「うーん? ラビットボマーの賞金はパアで最悪だったし、結局なんか住みついてるし、助けられたっていうより荷物が増えたって感じだが」
「またそんな軽口言って。あのオンボロ教会があっという間にヒトの住める心地よい場所になったのって、ローズが片付けてくれたからでしょう?」
「ま、まあ、確かに……」
そう。確かにそれは事実だった。
ローズは瞬く間に引っ越し荷物に埋もれていたオンボロ教会を片付けていったのだ。
無機質な受け答えと無表情と冷たいまでの美しさも相まって、こいつはお掃除AIかとリュカはしばらく疑ったくらいだ。
教会のすべての部屋の埃と蜘蛛の巣を払い、カーテンを洗い、家具を拭き上げ、窓やら扉やらをリュカに修理させ、ちゃんと人が住める空間に仕上げた。
「お化け屋敷みたいだった教会が古い教会に生まれ変わったわよね」
ティナが笑う。
「たしかにな」
リュカも思わず苦笑をもらした。
そう。だから、崩れかけた門扉の横にいつの間にか『L&R祓魔事務所』と札を掛けられた時も、うっかり見て見ぬフリをして――今に至る。
「あのとき、リュカやあたしと出会っていなかったら、あの子、元いた場所に帰れていたのかしらね。連れてこないほうがよかった?」
ふとティナが呟いた。
「どうだろうな」
「あたしは……これでよかったって、いつも思ってるわ」
ティナは澄んだ海のような瞳を珍しく
「だって、切ないじゃない? どこの誰にだか知らないけど、あの子は確実に命を狙われていたのよ」
「ああ」
生きてても死んでてもいいから回収する。ラビットボマーはローズに対してそう言った。
「ローズに深い事情があるのは確かだ。刺客に後催眠暗示まで掛ける念の入りようだからな」
「記憶は無いのに、超天才的な科学的知識はそのままなんてね……。中学生の子が背負うには、あまりにも過酷な運命だわ。いっそ、本来いるべき場所へ早く帰してあげたほうがいいって思うときもある」
「そうかもしれない。でもあいつは今、楽しそうだ」
「楽しそう?」
「学校に行けなくてもこうしてティナに商品を卸しに来ることを楽しみにしているし、製品を作っているときもイキイキしてる。他人から見てベストと思う場所が本人にとってベストかどうかはわからないし、思い出さない方が幸せなこともある」
「そう……そうね」
ティナはふう、と息を吐いて、くびれた腰に手を当てた。
「あの子をできるだけ見守ってあげましょう」
「そうだな」
「そのためにも、ローズの作った商品がなくても生活できるだけのドラーを稼いできなさいよ、フリー祓魔師!」
軽く睨まれ、リュカは苦笑する。
「はいはい」
沈黙にふと顔を上げると、ティナが何か言いたげにじっとリュカを見ていた。
「なんだ? なんか付いてる?」
「ねえ、聞いてもいい?」
「なんだよ、改まって」
「ローズをあたしに預けようって考えたことはないの?」
「引き取りたいのか?」
「そういうことじゃなくて。もちろんあたしが引き取ってもいいけど、ローズはリュカになついているし、このままでいいと思っているわ。あたしが気になるのは」
珍しく言い淀んだ女傑に、リュカは笑った。
「なんだよ、らしくないな」
「聞いてもいいの?」
「今更オレたちの間で聞けないことがあるのか?」
「……ローズを手元に置いているのは、罪の意識から?」
リュカはゆっくりとミネラルウォーターに手をかけた。ぷしゅ、という音がやけに店内に響く。
「あのとき――
リュカは黄昏色の双眸をじっとティナに向ける。
その顔に、穏やかに笑んだ表情が広がった。
「……もう終わったことだ」
「本当にそう思っている? あんたの中ではまだ終わってないんじゃないの?」
「そんなことはないさ。それに、ローズはローズだからな」
「またはぐらかす」
「はぐらかしてはいない」
肩をすくめたリュカを見て、ティナは苦笑する。
この男がこんなふうに穏やかに笑むときは、人を寄せ付けたくないときだ。長年の付き合いでそれはわかっている。
だからティナはそれ以上何も言わなかった。
ずっと長い間、胸の奥に閉じこめている想いに再び蓋をする。胸の奥で、閉じこめた想いが苦しい苦しいと叫ぶのに耳をふさいで。
あとどれくらい、この想いを隠していられるだろう。
店の中でのんきに商品を眺めている端整な長身を横目に捉えて、ティナはそっと切ない溜息をついた。
【Episode 2 DEAD OR ALIVE おわり】
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