2-9
夜。
いつものように向かい合ってお茶を飲むリュカに、ローズはじっと視線を注ぐ。
「なんだ? どうした?」
「ううん、べつに」
ふい、と視線をそらし、ティーカップの見事な金細工を観察するフリをして、やはりちらちらとリュカを見る。
(いつもと変わらないか)
それを確認して、気付かれないようにそっと吐息をつく。
ティナの店に行った後はいつもこうだった。
もしかして、自分が散歩に出ている間にリュカとティナはどうにかなってしまったんじゃないか。
もしかして、自分が散歩に出ている間にローズの知らない昔話に花が咲いていたのではないか。
もしかして――自分をどこかへ預ける相談を、していたのではないか。
リュカとティナがローズの身の上をとても心配しているのはわかっていた。特にティナは、会うたびにいろいろなことを気にかけてくれる。
良い仕事があるとか、クレープの美味しいお店が見つけたとか、洋服は足りているのか、などなどまるで母親のように細やかな気配りを見せる。
ローズも、もし自分に母というものが存在するならティナのような人だったいい、と本気で思っていた。
しかし、だからこそ怖いのだ。
遠ざけられたくなかった。二人から離れたくなかった。
「――言葉にしないとわからないことって、あるよな?」
ティーカップから顔を上げたリュカが、ふいに言った。
「え、え? なんですか、いきなり」
「ほらあ、よくある話。言葉にしなくてもわかるよな? とか言って友だちにも彼女にも去られる奴。ちゃんと感謝とか、愛とか、思ってることを口にしてこそコミュニケーションは円滑に行われる」
「……いったい何の話です? あんまり社会に適合しているとも思えない人からコミュニケーションの話とかされても説得力に欠けるんですけど」
ローズがジト目で返すと、リュカはハハハと渇いた笑い声を上げた。
「ま、何が言いたいかというとだな、ティナともっと話をしろよってことさ」
「え?」
「憧れと嫉妬は同時に存在するものだ。同性に対してはなおさら。隠す必要はない。それが嫌悪じゃなくて好奇心につながってるなら、どんどん話すべきだとオレは思うね」
頬がカッと熱くなる。
見抜かれていたんだ。リュカには。全部。
「で、でもっ。ティナさんみたいな素敵な大人の女性は、あたしなんかじゃ話し相手にならないし……」
「そういう思いこみがせっかくのチャンスを台無しにする」
リュカが首を振って、ティーカップを置いた。
「出会いっていうのはな、自分の世界を広げるチャンスだ。二年前のあの日、おまえはオレとティナに出会った。それは偶然であり、奇跡でもある。待ってるぞ、あいつは。ローズが近寄ってきてくれるのを」
いつもローズに優しく微笑んでくれる、あの海のような瞳を思い出す。
(そう、あたしはティナさんに憧れていて、嫉妬もしていて、でも……大好きなんだ)
――もっと知りたい。ティナさんのことを。
ローズは、ポットから薄い紅茶を注ぐリュカをちら、と見る。ティナを知れば、この謎だらけの青年のことももっとわかるかもしれない。
――今度お店に行ったら、散歩に行かずにティナさんに話しかけてみよう。
執務室のイギリス窓から見上げれば、レモン型の月が優しく照らしている。ローズは冷めてしまったカップの中身を飲み干し、再びポットから温かい紅茶を注ぐ。薄くても、温かいお茶は小さな決心をしたローズを温めてくれた。
こうして、古い教会の夜は更けていくのだった。
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