2-7
ラビットボマーが憐れな最期を遂げ、事件は呆気なく終了した。
賞金首は、死亡すればその賞金は取り下げられる。
目の前にぶら下がっていた御馳走をおあずけされた子犬のように、リュカは悄然と教会に向かってホバーバイクを走らせていた。
ホバーバイクの速度がいつもより遅いのは、重量が倍だからだろう。
「あーあ……やっと営業が軌道に乗ったところだったのにな……」
ホバーバイクの後部シートでティナがぼそっと呟いた。
ティナの家は店と同じビル内にあり、今夜はJSAFの現場検証が入るため、オンボロだが部屋は余っているリュカの教会に避難することになったのだ。
「お客さんに被害が出ちゃったし。あたしがいながら、あんなことになるなんて」
いつも気丈な彼女のこんな声を聞くのは久しぶりだった。声のトーンが落ちているのはヘルメット越しだからだけではない。
「ティナのせいじゃない」
「でもあたしは祓魔師の資格があるのよ。目の前で人々が悪魔に襲われるなんて」
「それならオレも同罪だろ」
「リュカは悪くないわ」
「いや、オレが悪い。すまん。爆破を止められなくて」
ティナがリュカのヘルメットを後ろから突いた。
「相変わらずねリュカは。なんでも全部、自分のせいにして背負っちゃうんだから」
「そういうわけじゃあ……」
「爆発物は三個、内二個を解体してくれただけでありがたいわ。三個爆発してたら下のフロアにある極秘の武器庫に引火してもっと被害は大きくて店は全壊どころかビル自体がやられて、おまけに銃火器法違反でJSAFに連行されるところだったわ」
陽気にまくしたてると、ティナはぎゅっ、とリュカの腰に手を回した。
「だからありがとう。またリュカに助けられたわね」
「……また、ってことは、過去にも助けられたことがあるんですか?」
リュカとティナの間に半ば無理やり座る少女が顔を上げた。
「あたしのことも助けてくれましたよね、さっき。なぜ貴方は人を助けるのですか? 人道的思考からですか? それとも個人的趣味からですか?」
「おまえな……」
ティナがヘルメットの中で笑いをこらえている。リュカは運転の妨げにならないよう、必死に腹立ちを抑えた。
だいたい、ティナが腰に手を回しているのにその柔らかな感触はリュカではなくすべてすぐ後ろの小憎たらしい少女に吸収されているのだ。そう思うと腹立ちが倍になるがなんとか堪える。
「そんな趣味は無いし人助けを敢えてしているつもりも無い。ていうかなんでおまえはここにいるんだっ、降りろっ!」
ティナが笑い声を上げた。
「リュカがそんなに元気なのって、久しぶりね。この子のおかげだわ」
「んなわけあるかっ。オレはこれ以上のトラブルはこりごりだっ。未成年者誘拐容疑をかけられても迷惑だっ。降りろっ」
「いいじゃないリュカ。部屋は余ってるんでしょう?」
「余ってるがボランティアで子どもの世話をする部屋はないっ」
「だって、あんな凄惨な現場に置いていくわけにいかないじゃない? 親や保護者が周りにいないどころか、どうして自分がここにいるのかもわからないって言うのよ、この子」
「典型的な家出少女の言い訳だな」
「そんなことは……ねえ、そういえば
「わからない」
無機質な声で即答が返ってくる。
「んなわけあるかっ。いい加減にしろよっ。家出していいことなんかないぞ。悪魔に喰われるか闇商人に食い物にされるか、どっちかだ。悪いことは言わない。家に帰れ」
「帰れるなら、帰りたい。でも、どこに帰っていいのかわからない」
またまた即答した少女の声には、無機質な中にも困惑の色があった。
「なんだ、それ……」
リュカもティナも絶句してしまった。
しばらく沈黙が流れた。ホバーバイクが夜を駆け抜ける音だけがそれぞれの耳に響いていった。
やがてティナが、明るい調子で「そうだ!」と言った。
「帰る場所はともかく、名前がわからないのは困るわよねえ。うーん、そうねえ……ローズ。とりあえずローズって呼んでもいい?」
「……ローズ」
少女は口の中で、大事な飴玉でも転がすようにゆっくりと呟き、花開くようにふわりと微笑んだ。
「いいですね。ローズ」
「ふふ。でしょ? じゃあ決まりね」
その後もティナはさりげなく、ローズにさまざまな質問をした。
出身地や血液型や、学校のことや、いろいろな個人的情報。
そのすべてに「わからない」と少女は即答した。
それが演技ではないことは、前にいるリュカにも後ろにいるティナにも少女の体温を通して伝わった。
――この少女は、ある種の記憶喪失状態にある。そして、自分が何者なのか思い出せなくなっている。
武蔵野エリア外れの古い教会に到着する頃には、リュカとティナにはそれがはっきりと理解できた。
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