2-6


「なっ……」

 あれだけ探しても見つからなかった美少女がいきなり目の前に現れたことに驚愕し、少しだけ安堵もした。

 爆弾魔でなくとも、この町には犯罪者スレスレの者たちがあふれている。こんなか弱い美少女はそれこそ格好の獲物だ。


「先ほどもお会いしましたね」

「そうだな……って、そうじゃなくて! なんなんだおまえは! オレの邪魔をするな!」

 言ってからリュカは頭を振る。オレとしたことが大人げない。今はこの少女を罵倒している場合ではない。


「いいから早く非常階段から地上へ出ろ!」

「いやです」

「子どもは大人の言うことを聞くものなんだっ」

「そこ」

「は?」

「箱の後ろにありますよ、爆弾」

「なに?!」


 美少女が差した先、洗剤の箱が並ぶ奥に、何かこんもりと――


「時限装置付き爆弾!」


 カラフルなコードに覆われた、グロテスクなオブジェのような塊。

 死のカウントダウンを刻むデジタル表示が刻々と数字を刻んでいる。


「たぶん、もう一か所あると思います」

 そう言って少女は端整な顔を微かに上向うわむけ、すんすんと室内の空気を嗅ぎはじめた。


「アホか! プラスチック爆弾の臭いが人間にわかるわけねえだろうが!」

 苛立ち、リュカは商品をかきわけて探す。ボディソープやタオルが床に落ちる。

「すまんティナ。後で片付けるから!」

 店中引っかき回すリュカの後ろで少女は室内を嗅ぎまわり、カウンターテーブルの下に屈みこんだ。


「ありましたよ」

「マジか?!」


 駆け寄って見れば、カウンターテーブルの裏の凹みに、さっきの物と同じ時限爆弾がくっ付いている。

 リュカは自分をじっと見上げる少女を見下ろした。


「君は爆弾探知AIなのか? それとも悪魔エイリアンか?」

「どちらでもないです。貴方と同じ人間ですよ」

「じゃあなんでプラスチック爆弾の臭いがわかる?!」

「わかりません」

「はあ?!」

「それよりも、早く解体した方が良くないですか?」


 悪趣味なオブジェのような時限爆弾を前に至極もっともなことを言われ、リュカは我に返る。


「くそっ、面倒な回路作りやがって……」

 まずは洗剤の商品棚から、次にカウンターテーブルの下を、リュカが時限装置のコードをより分け、回路を確認して切断するのを少女は傍でじっと見ていた。


「……これでよし」

 時限装置のデジタル数字が消えると、少女がぱちぱちと手を叩いた。


「すごいですね」

 感情のこもっていないその称賛にリュカは少女を睨む。

「そりゃどうも。ていうか本当にもうお家に帰れ。もうすぐ日が暮れるぞ」


 店内の小さな窓から西日が差しこんできている。

 悪魔エイリアンが活性化する夜が来る前に、人々が家路に付く時間だ。

 どっと疲れが出て床に座り込んでいるリュカの前に、少女も座りこんだ。


「……れません」

 少女の声は小さく擦れて、よく聞こえない。

「あ? なんだよくわかんないが、言っただろ。子どもは大人の言うことを聞いたほうがいいんだよ」

 

 リュカはゆっくりと立ち上がった。


「ティナにもう大丈夫だって行ってこないとな。JSAFに通報し――」


 言葉を呑みこんだのは身体が反射的に動いたからだ。微かな、本当に微かな音。熱。それらに身体が反応した。

 リュカは少女を抱えて飛び、そのまま床に横滑りに滑った――刹那。


 爆音が起こった。


「なっ……」

 すぐに起き上がると、リュカたちが立っていた場所がカウンターごと吹き飛び、火の手が上がっていた。


「ごめん、なさい。もう一か所あったみたい……」

「そうそう、全部で三個だったんだあ」

 少女の呆然とした呟きにかぶさった濁声だみごえは、非常階段扉を開けて出てきた男のものだ。


 にやけた出っ歯顔の、気弱そうな男。


「ラビットボマー?!」

「このクソブタ野郎め。てめえのせいでそのガキ仕留めそこなったじゃねえかよう」


 出っ歯のにやけた顔の中、目だけが爛々と黄色く光っている。


変化へんげしたか」

「うるせーなクソ祓魔師。さっきの女といい、祓魔師に遭遇するなんざ今日はついてねえ」

「女の祓魔師……ティナか!」


 そのときリュカは気が付いた。ラビットボマーの服はべったりと赤い物で濡れている。その卑しい顔や、裂けた口元も。背筋を冷たいものが走った。


「まさかおまえ、ここの客を」

「あーあぁもちろぉん喰ったよぉ」

 醜い顔が下卑た愉悦に歪んだ。

「非常階段で待ち伏せてれば少しは腹の足しになるだろうと思っていたら、来るわ来るわ。あの赤髪の忌々しい女が邪魔するまでは喰い放題だったぜえ。おかげで元気百万倍ってか」


 ラビットボマーは両手を振る。

 その掌ほどもある鉤爪が店の中を舐め始めた焔を照り返した。


「邪魔すんなよ、クソ祓魔師。俺様はそのガキを


 少女の端整な顔にやはり表情はないが、ぶしゃぶしゃという下品な嗤いに嫌悪と怪訝な色が浮かぶ。


「わからない……貴方は誰」

「はあ? 知らねーよ俺様だってお前のことなか知らねーっつうの。ただ回収してこいって言われてるだけさあ。生きてても死んでてもいいってよっ」


 次の瞬間ラビットボマーは姿を消している。

 鉤爪のしなる音が少女の耳朶じだを打った。


「ぶひゃひゃっ。どっちでもいいんだったら殺しちゃうもんねっ」


 刹那、轟音が宙を裂く。振り下げられた凶爪きょうそうは悪魔の思惑に反して少女には届かず、床に突き刺さった。


「邪魔すんなって言ったろうがぁっ、クソ祓魔師!!」


 少女を抱えて鉤爪を避けたリュカは瞬時に『セラフ』――旧式の回転式銃S&Wスミス&ウェッソン/M&Pを改造した愛銃――構えてトリガーを数回引く。装填されていたのは麻酔弾とはいえ悪魔を足止めする程度の威力はある。

 撃ち抜かれた足の衝撃と床に刺さった鉤爪のせいで悪魔は身動きできなくなった。


 リュカは少女を降ろして背中を押した。

「今すぐ非常階段から地上へ出ろ」

「で、ですが」

「今度こそ言うこと聞け。死にたくなければな」


 少女は何か言いかけたが、そのまま踵を返して非常階段扉の奥へ消えた。


「こんのおおおお! 俺様の邪魔しやがってこのクソ祓魔師がぁっ」

 怒声を上げたラビットボマーは最早ヒトの姿をしていなかった。怒声と共に弾けた衣服のしたから黒々した醜怪な筋肉が盛り上がり、尻尾と背中の羽が露わになる。


「喰ってやるっ」

 嘲笑とともに、ラビットボマーは床から爪を引き抜いた。宙で翻ったそれをリュカに向かって突き下ろす――

「なっ?!」

 ラビットボマーの黄色い目が大きく見開かれた。


「……悪いな。喰われてはやらねえよ」


 静かに呟いたリュカが鉤爪を受けたのは、愛銃ではない。

 銀色の棒からほとばしる青白い閃光。

 刹那、閃光と交差した鉤爪は呆気なく粉砕、そのまま悪魔の腕を斬り裂く。


「ぐうおおおおおいだいっいだいいだい痛いっ」

 銃弾を食らっても平気だった悪魔が閃光の刃に悶絶した。


「おまえに傷付けられた人たちはもっと痛かっただろうな」

 床に転がる悪魔に青白い刃を突き付ける。

「ぐおおっ、たす、助けてくれえっ」

「質問に答えろラビットボマー。おまえ、なんで爆破を繰り返した?」


 心臓の位置に刃を突き付けられ、悪魔は身動きができずに固まる。


「はああ、はあ? なんでって、なんでもないよう、そんなの。愉快犯ですげへへへへ」

「オレも、おまえはふざけた愉快犯だと思ってたよ。でもさっきおまえ言ったよな? あの子を

「ぐ……」

「そのことに関係あるんだろ? 回収ってどういうことだ? あの子はなんなんだ?」


 刃の切っ先が悪魔の胸部にわずかに触れる。じゅ、と嫌な音がして、それだけで悪魔は苦悶に顔を歪めた。


「じらねえようっ、俺様は頼まれてっ、あのガキを回収したらJSAFに捕まっても見逃すように手を回してやるって研究所に……むお?!」

 感じた衝撃に悪魔は自分の胸部を見下ろす。突き付けられた青白い刃。ちがう、これは――。

 顔を捻じ曲げて後ろを見れば、湾曲した自分の腕が、深々と自分の背中を突き破って自分の心臓をつかみだしていた。


「しまった! 後催眠暗示か!」

「あ、あれ……?」


 リュカが悪魔の手首を斬り落とそうとしたが遅かった。


 ラビットボマーは、自分の手の中で自分の心臓が熟れすぎた果実のように潰れる様を、不思議そうに眺めている。

 それが、この憐れな悪魔の最期だった。




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