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「仕切り直しだ」

 リュカは空中ディスプレイを懸命にスクロールさせていた。

 ネットのライブ投稿サイトで、さっきの爆発現場を目撃した人々が情報を投稿している。終わりのないレシートのような情報を食い入るように目で追った。


「落ち着け、落ち着くんだオレ。オレはラビットボマーを追ってるんだ。ガキと追いかけっこをしているわけじゃない」


 予告状らしきウサギのぬいぐるみはあの美少女に持っていかれたが、要はラビットボマーを捕まえればいいのだ。


「ウサギのぬいぐるみなんぞガキにくれてやるっ! オレは高額賞金をいただくんだからな……っと」

 ぶつぶつ叫んでいたリュカの手が止まる。

 投稿情報の中に〈にやけた気弱そうな男が歌舞伎町のメインストリートからさらに奥へと入っていった〉らしい。


「ラビットボマーにちがいない……どこ行きやがった」

 さらに情報を追いつつマップを確認していると、見慣れたエリアがマップ上に現れた。


「ここは……ティナの店の辺りだ」

 ティナ・タイラー。リュカの古い友人。

 荒れくれ者も多い歌舞伎町の雑居ビルで『雑貨屋』を営んでいる女傑だ。


 何か胸がざわついて、リュカはティナの店へ向かった。


 殺風景な雑居ビルの五階。そのワンフロアを使った店は、温かみのある分厚い木製の扉の向こうにある。

 中へ入れば至る所にハイドロプラントや多肉植物がぶら下がり、スチールラックで仕切られた店内には洗剤からタオルまでさまざまな日用品がぎっしりと並ぶ。三つだけ並ぶスツールと木製カウンターの奥では、ティナが簡単な軽食や飲み物も販売していた。

 開店して一年、アスファルトジャングルのオアシスとして幅広い客層に人気を集めている『雑貨屋』だ。


 その本当の姿は、旧式ハンドガンからレーザー銃、果ては結界を編み出す聖花まで、銃火器弾薬・対悪魔武器その他諸々なんでも揃う武器屋なのだが。



「あら、リュカじゃない。調子はどう?」


 店の奥、カウンターの向こうできびきびと商品を整理しながら、武器商人の顔など露ほども見せずにティナが笑った。


 スパイラルに波打つ赤い髪に澄んだ海のような青い双眸。豊満な凹凸がTシャツとデニムとエプロンを扇情的に押し上げている。

 友人ながら、かなりな美女だとリュカは思っている。

 客に言い寄られることも多いようだが、商売に支障が出ないように上手くかわせるのがティナのすごいところだ。熱烈なファンも多い。

 早く彼氏を作れば本人も周囲もいろいろとヤキモキしなくていいのでは、と思うリュカだが、そんなことを口に出せばセクハラだとティナの蹴りが飛んできそうなので言わない。


「働きづめだ。ちょっと休憩」

「あら、仕事があるならいいじゃない。引っ越し荷物に埋もれて腐ってるかもって心配したわよ」

 ティナは笑って、ミネラルウォーターのボトルをカウンターに置いた。リュカはスツールに座るなりそれを開けてあっという間に飲み干した。


「やだ一気飲み? どうしたのよ」

「ちょっと走り過ぎた」


 あの美少女はどこに消えたのだろうか。ここへ来る道すがらも探したが、見つからなかった。


「そうねえ、働いて働いて借金返さないとだもんねえ。あたしの店から仕入れた日用品や雑貨、家具の代金もまだもらってないことだし?」

 リュカは顔の前で手を合わせる。

「すまん! ティナへの支払いは今日するつもりだったんだ」

「なんか浮気のバレた男に言い訳されてるみたいで嫌ねえ」

「本当だって。今、換金する予定のクビを追ってるところなんだ」

「へえ?」

「いやほんとに。さっき、歌舞伎町南ブロックで爆発あったの知ってるか?」

「ええ。音がしたし、すぐにネットでニュースになったから」

「その犯人を追ってる。ラビットボマーってふざけた奴だが、憑依体で賞金がデカい」


 リュカは空中ウィンドウをタップして出現させ、にやけた気弱そうな出っ歯顔をティナに見せた。


「あれ? この人」

「知ってるのか?!」

「少し前に、こんな顔したお客がいたような……」

「なに?!」


 リュカはとっさに周囲を見回す。


 客の中にそれらしき男は見当たらない。


「まさか」

 リュカは店の中を調べていく。棚の上から下まで、果ては床にまで這いつくばる僧衣カソック姿を、他の客たちは不思議そうに眺めた。


「神父さん何してんだ? 小銭でも落としたか?」

「いやーなんか危ない物が落ちてないかなって、ははは」

「何言ってんだ、神父さんよお」

 他の客たちが愉快そうに笑う。

「こんな平和な日用雑貨店に危ない物なんか落ちてるわけねえだろう。ほら見てみろ、ウサちゃんも笑ってるってんだ」

「ウサちゃん……?」


 がはははと男たちの笑い声が響く中、リュカはゆっくりと顔を上げる。

 商品が陳列された棚の上、男が指さす先。


 小さな白いウサギのぬいぐるみが、何かの間違いのようにちょこん、と座っていた。



「全員退避っ!! 急げーっ!!」

 リュカの大音声だいおんじょうが店内を揺るがした。



「ちょ、ちょっとリュカどうしたの?!」

「ティナ、客を誘導して外へ出ろっ! たぶん店の中に爆発物が仕掛けられている!」

「はあ?!」


 ティナは青い瞳を極限まで見開いたが、リュカの表情を見てすぐに頷いた。


「みんな非常階段を使って急いで外へ!」


 半信半疑だった客たちもティナの血相に顔色を変え、押し合いながら非常階段へ雪崩なだれこんでいった。


「リュカっ、あんたも!」

「オレは爆発物を探す! ティナは客を外へ誘導しろっ! 早くっ!」

 ティナは一瞬迷っていたが、

「まだ商品代金もらってないんだから死んだら許さないわよ!」

 と叫んで非常階段へ向かった。


 リュカは必死に床に這いつくばり、棚の下から上まで舐めるように目を走らせる。

「どこだ、どこに隠した……」

「何しているんですか」

「?!」


 いきなりの気配に思わず飛びすさる。

 そこにはなんと、黒いジャージ姿のあの美少女が立っていた。


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