2-4




 すでに人だかりができている雑居ビルの一階部分には、洞窟のような大きな穴が開いている。

 店は定休日だったらしく、暗い穴の向こうは無人のようだ。ということは怪我人はなく、通報も遅れるから、すぐにJSAFは来ない。


「この隙に……はいはいちょっとすいませーん」

 リュカは野次馬を押しのけて、まだうっすらと煙を上げる現場に足を踏み入れる。


 ラビットボマーは爆破現場に次回予告を残していくらしい。

 そのネットの情報を信じるなら、JSAFが到着する前にその予告を手に入れ、先回りして捕まえやすくなる。


「予告、予告っと」

 愛用のS&Wスミス&ウェッソン/M&Pを構えて進む。

 愛用の旧式回転式銃リボルバーは独自に改造チューンアップしてあり、いつもは対悪魔用特殊弾を装填しているが、今は対ヒト用の麻酔弾に切り替えてあった。


 じゃり、と足の下で破片が音を立てる。リュカはめちゃくちゃになった店内にざっと目を走らせた。


「使っているのは古いタイプのプラスチック爆弾だろうな。安価でどこででも手に入るタイプのやつだ。完全な愉快犯だな」


 ありふれた犯罪者だが、憑依体という点が見過ごせない。


「祓ったらまた賞金パアだからな。まだイマイチ手加減の仕方がわからねえから変化する前に捕まえたい……お、見つけた」


 おそらく爆心からは最も遠いであろう、レジカウンターがあったと思しき場所。

 ステンレス台の残骸の上に、小さな白いウサギのぬいぐるみが何かの間違いのようにちょこん、と座っている。


「ラビット……ラビットボマーねえ。最高にイケてないセンスの持ち主だな。早くとっ捕まえて換金してやったほうが世の中のため――」

 ウサギに手を伸ばしたリュカは次の瞬間、愛銃『セラフ』を構えて振り返った。

 突如背後に現れた気配に身体が反応したのだ。


「……へ??」


 思わず間の抜けた声が漏れる。

 そこには、小学校高学年くらいの女の子が立っていた。


 黒いジャージの上下に、白い丈夫そうなスニーカー。そしてなぜかぱんぱんに膨れた小さな防災リュックを背負っている。銀色のツインテールを揺らして傾げるその顔は薄暗い中でも端整だとわかる。どこかの国のお姫様と言われたら信じるだろう。奇妙な格好の中にそういう品性が漂っている。


「そのウサギはあなたの物じゃないですよね?」


 聞いてくる声は少女のものだが、とがめる口調は妙に大人びている。


「……そうだな。オレのじゃない」

――この少女は一体何なのか。


 まさかこんな虫も殺さないような美少女が攻撃してくるとは思わないが、上級悪魔には憑依の気配を巧みに隠すものもいる。銃を手にしたままリュカは答えた。


「今から持ち主に届けに行く。だから残念ながら、君にあげることはできないんだ」


 親切のつもりで子ども向けの言い方をしてやると、少女はすみれ色の双眸をけわしく細めて呆れたように言った。


「あなた馬鹿なんですか?」

「……なんだって?」

「邪魔しないで」

「おっと?!」


 不意打ちだった。突き飛ばされてよろめいたリュカの脇をすり抜け、少女はウサギを手に外へ走っていく。


「あっ、おいっ待て!」


 脱兎のごとく走る少女は意外と速く且つすばしこい。人の多いこの街では小柄な少女の方が走るのに圧倒的に有利だった。


「くそっ、なんだってんだよあのクソガキっ、人の賞金首をっ」

 子どもの賞金稼ぎや狩師など聞いたことはない。

「まさかあの見た目で20歳でしたとかいうオチか……うおっと?!」


 目の前を走る少女が突如、消えた。


「どこいった?!」


 小さな影は雑居ビルと雑居ビルの間に入っていったのだと気付いたときには完全に見失っている。大人ではあり得ない。子どもだからこその逃走経路だ。


「だから子どもは嫌いなんだーっ」


 ビルの谷間に見える昼下がりの空に向かって、リュカは叫んだ。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る