2-3
ローズが外へ行ってしまうと、その姿を見送っていたティナがリュカを振り返る。
その顔には、さっきまでの朗らかな表情はない。
ティナは、リュカの前にミネラルウォーターのボトルを置いた。
「……で、どうなの? ローズの記憶」
リュカは少し視線を落とし、さりげない調子で答えた。
「相変わらずだ」
「ぜんぜん、何も思い出せてないの?」
「ああ。自分が医療や薬学の専門的知識を持っていることは自覚しているし、それを使いこなせてもいる。が、自分が何者だったのかは思い出せない。名前、出身地、家族のことから自分がどんな集団に属していたのかなど、そういったごく個人的なことはまったくわからないようだ。過去のことを思い出そうとするとひどい頭痛に襲われる」
かわいそうに、とティナはカウンターに頬杖をついた。
「状況からしか判断できないけど、たぶん解離性健忘よね。すぐにいろんなことを思い出せなくても不思議じゃないけど……あの子の年齢を考えるといろいろと心配だわ。もう二年も経つし」
「そうか。もう二年か」
リュカはふと、二年前のことを思い出す。
あのとき自分と出会っていなかったら、ローズは今頃どうしていたのだろうか。
♢
――二年前。
新宿エリア歌舞伎町メインストリート沿いに並ぶ、某カフェ。
リュカは薄いコーヒーをすすりながら賞金首の情報を再度確認していた。
「宇佐美文麿。自称ラビットボマー……って自分で言うかよラビットボマーて」
そのネーミングセンスに虚脱し思わず大きく息を吐き、天井を仰ぐ。
「いやいやいや、先入観はよくない」
気合を入れて上半身を奮い起こす。
こんなふざけた奴でも一応、高額賞金首なのだ。
通常、高額賞金首は悪魔案件がほとんどだ。リュカのようなフリー祓魔師はもちろんそちらを仕事にする。通常なら。
「今は非常事態だからな」
祓魔事務所を開いたばかりで、個人の小さな仕事をいくら請け負っても右から左へ金は消える。
高額賞金を狙って悪魔案件に手を出そうにも、百戦錬磨の同業者に先を越されたり力加減ができずに悪魔を祓って賞金がパアになったりと、失敗の連続。
そこで、普通案件の高額賞金首を検索したところ、ラビットボマーがヒットしたのだった。
悪魔案件よりは格段に賞金は低いが、贅沢は言ってられない。
「がんばれオレ。とにかく今は金が要る!」
すべては開業資金の借金返済のためだ。
薄いコーヒーをすすると、腹の虫が悲しげに鳴いた。
「腹減った……借金をひと段落させないとオレの命が危うい」
このところ、まともな食事をしていない。金が無いのももちろんだが、働きすぎて事務所兼住居として購入した教会(オンボロ)が片付かず、調理もままならない。
まとまった賞金を手に入れて、この引越貧乏のどん底から抜け出したい。
「ラビットボマーは……こいつか」
視界正面に出てきた空中ウィンドウに映る、にやけた男。出っ歯で気弱そうな小動物のようなその顔を
「……えーとなになに? 五日前、渋谷エリアの雑居ビルに爆発物を仕掛けて爆発させたことで指名手配。その日の夜に潜伏先の居酒屋で
賞金首には三種類。普通犯罪者、悪魔に憑依された憑依体、悪魔。順番に賞金が上がっていく。
憑依体案件はヒトに対する法律適用の可能性があるため、その程度によって普通案件か悪魔案件かに振り分けられる。
ラビットボマーは前者のようだ。
「しかも爆破が趣味の変態な愉快犯ときた。で、今はこの辺りに潜伏している可能性大、と……」
そのとき、どんっ、という振動と共に大きな爆発音が聞こえた。外からだ。
「ビンゴ! よっしゃあ近い!」
リュカはすっかり冷めた泥水のようなコーヒーを飲み干し、
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