5-9


 瑠璃色の司教服が爆風でひるがえり、先ほどまでの温和な表情と動作が別人のように素早いものに変わる。その手にはリュカと同じ銀色の棒が握られ、出現した青白い光芒が自身と麗子を守るように掲げられた。


「……見たまえ」


 藤堂司教は腕のなかにかばった麗子へ早口に言った。


「あの悪魔はアマデウスといって、七柱悪魔の一柱マモンが私の見張りとして置いた使役魔だ。マモンは――」



「――実は封印されていなかった。そうなんですね? マスター藤堂」



 リュカはアマデウスの激昂を『セラフ』と聖剣で受け流して着地する。

 見上げてきた藤堂の表情は静かだった。


「あのメールで君なら気付いてくれると思っていたよ、リュカ君」

「マジでマジっすか……」

 リュカは空を仰いだ。

「じゃあ、グレゴリオ枢機卿は五賢人の地位と引き換えに悪魔マモンに魂を売って己に憑依させ、今まさに五賢人に就任しようとしているっていうオレの予想も当たってるってことですよね?」

「エクセレント。説明はいらないね」

「いらないね、じゃないでしょう!! あの『聖戦』終結時、一聖地に一柱の悪魔を封印って話だったじゃないですか! なんでちゃんと青木ヶ原樹海ここに封印されてないんですか?! こんなのバレたら祓魔師協会日本支部の世界的大スキャンダルに――」


 言って、リュカはハッとする。


「だから、祓魔師協会にマスターの自宅が狙われていた?」

「その通り。やっぱりグレゴリオ枢機卿を助けたいと思ったから、一人でマモン封印にチャレンジしようと思ったんだけどさすがにそれは無理かなって気付いてねえ。祓魔師協会に全部話して助力を請おうとしたんだけど、助力どころか消されそうになっちゃて」

「一人で封印とか無理に決まってるでしょう!!」

「しかし君、五賢人の就任式が執り行われてしまえば、グレゴリオ枢機卿には完全に悪魔マモンが受肉して一心同体になってしまう。それは人類にとって、世界にとって、断固阻止されるべき事柄だ。違うかね?」

「う、そ、それはそうですけど」


 藤堂司教はいつになく厳しい目でリュカと麗子を見据え、抱えた小さな聖櫃を叩いた。


「リュカ君にはリュカ君の、私には私の戦いがある。そして、麗子。君には君の戦いがある。皆がそれぞれの戦いをまっとうして初めて悪魔に太刀打ちできるのだよ」


 その一言で、麗子には父の真意が痛いほどわかった。


 残酷で、汚くて、目を背けたくなる現実。父がなぜそこから麗子を遠ざけたか。今回もリュカだけに知らせたのか。

 それを思うと胸が締め付けられた。

 父の、祓魔師としての責任と親としての愛。それを思うと切なくなった。

 しかしこれまでのいろんな思いがぐちゃぐちゃになって、素直に頷く代わりに叫んでしまう。

「わからない……わたくしの戦いってなんですの?! わたくしは、わたくしはただ――」


「麗子! 藤堂司教! 準備できたわ! 早くここへ――」

 ローズが叫んだとき、再び爆風が起きた。





 黒いスーツ姿が、瞬時にリュカの横に降りたった。

 リュカも地を蹴る。ローズが何かをしているように見えた。策があるだろう。3人からはできるだけアマデウスを遠ざけたい。


〈遊ぼうか、祓魔師〉


 手刀が空を切るそのときには、すでにアマデウスの手は人間のそれではない。てのひらと同じ長さをもつ黒々とした鉤爪かぎつめがしなり、リュカの首筋に襲い掛かった。

 刹那、銃声と共に対悪魔特殊弾が凶爪きょうそうを弾く。軌跡を変えられた凶爪の反動でアマデウスは後ろへ吹き飛ばされた。

 しかし軽く立ち上がる反動だけで美しき悪魔は態勢を起こし、軽く蹴ったその跳躍でリュカに肉薄する。


「なるほど銃を盾替わりに使えるわけだ。『聖剣』を使い、特殊部隊並みに銃火器を使いこなす。つまり君は聖騎士団の精鋭メンバーだから藤堂と仲良しなわけだ!」

「べつに仲良しじゃねえけどな」


 再び迫った鉤爪をリュカは足さばきで避けた。一瞬前にリュカの銃弾が撃ち抜いた鉤爪は、もう再生しかかっている。


「反応も普通のヒトより速い。ちょっと本気出さなきゃかな」

 妖艶な桃色の舌が魅惑的な唇を舐めたと同時に、布の裂ける音がした。

 そこに出現した黒々と広がるものを見上げ、リュカは呻く。

「こいつ……特級悪魔かよ!」


 アマデウスの背から大きく広がった闇色の翼は六枚。それは魔力最高レベルに分類される特級悪魔であることを表している。


 哄笑が響く。翼を得てアマデウスは更に加速、振るった鉤爪が数ミクロン速くリュカの動きを捉えた。


「ぐっ」

 凶爪が右肩を抉った痛みと衝撃にリュカはなんとか耐えた。

 己の爪に滴る血を、妖艶な笑みを浮かべたアマデウスの桃色の舌が舐め上げる。


「んー、美味だ。ますます君のことが好きになりそうだ。ここで殺すのは惜しいな。僕のものにしたい」

「……気色悪い奴だな。オレにそういうシュミはない」


 美しい悪魔を睨みつつリュカはホルダーから取り出した特殊加工の薔薇の花弁を傷に埋め込む。激痛に呻くが、出血が見る間に止まり始めた。

「まあまあそう言わずにハニー。邪魔者どもはすべて消すから……さ!」

「!」


 聖花の花弁が傷を塞ぎ始めてはいたが、アマデウスの次の一撃を止めるにはわずかに間に合わなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る