5-8



 刹那、ぐお、という低い呻きとともにアマデウスがよろめく。

 その端麗な顔は笑みを湛えているが、双眸からは金色の光がほとばしり口からは長い牙がのぞいた。


 リュカは『聖剣』をアマデウスに構える。その背中で藤堂司教が腕時計を確認して言った。


「うむ、あのメールですぐに察してくれるとはさすがだねリュカ君。予想より三分四十秒ほど遅いが、やはり一番弟子は頼りになる」

「――そのいちいち時間をきっちりかっきり計るクセ相変わらずですね。やめてもらえます?」


 ぴき、と青筋を立てたリュカに、アマデウスはうれしそうに微笑んだ。


「ふうん、やっぱり裏切ったんだね藤堂。ま、いいよ。リュカは可愛い麗子を連れてきてくれたようだし」


「お父様!」


 リュカの後ろで麗子が細剣レイピアを構えた。武器をくれと言われて車庫にあった骨董品を掘り出してきたのだが、銀を嫌う悪魔には効果があると思われるれっきとした武器だ。

 リュカとアマデウスの攻防にも穏やかな笑みを浮かべていた藤堂司教の顔色が、初めて変わった。


「麗子! ここへ何しに来たんだ」

「何って、お父様を捜しに来たのですわ!」

 その悲痛とも言える叫びにも藤堂は険しい表情を崩さない。

「おそらくリュカ君は安全な場所で待っていなさいと言ったはずだし、日ごろから私も君にそう言っているはずだ」

「安全な場所で待っているだけがわたくしのためだとおっしゃいますの?!」


 麗子は声を震わせる。


「いつもいつも家で待っているばかり。お父様は何も話してくれない。わたくしはたった一人の家族ではありませんか! わたくしを守ってくれているおつもりかもしれませんが、わたくしはもう17歳ですのよ! 苦しいことも嫌なことも知らなければ、本当の心地よさや幸せもわかりませんわ!」

「君はそういうもっともらしいことを言えるくらい小賢しいから困ったものだ。説得は無理だと思ったから、家で待ってなさいといつも言っているのだよ」

「ですから、わたくしも一緒に戦います――」


「ちがう!!」


 麗子はその場に凍り付いた。動けなかった。

 父が麗子に面と向かってこんなに真剣な顔で大声を出すのは初めてだったからだ。


「一緒に来てはだめなのだ! 悪魔にはそんなきれい事は通用しない! 弱い者は容赦なく喰われる! それが悪魔のいるこの世界のことわりだ!」

「お、お父様……」

「麗子、君は私と一緒に戦ってはいけない。なぜなら君には君の戦いがあるからだ!」


 そのとき、一瞬の爆風が二人を襲った。

 アマデウスが放った一撃をリュカが聖剣で弾いたのだ。





「僕の攻撃を受けた人間で生きてるのはマスター藤堂を含めたかつての聖騎士団の数名と君くらいかな」

 アマデウスは聖剣が当たった爪を桃色の舌で舐めた。異常に長いその舌が爪にからみつき、傷付いて腐りかけている爪を再生していく。


「そうか。おまえけっこう雑魚キャラなんだ」

「……なに?」

「オレは聖騎士団の落ちこぼれだからな。そのオレにやられるのは雑魚キャラでなくてなんなんだ?」


 ぐわ、と闇を穿つような轟音が轟く。


「黙れ。今すぐ喰ってやる」

「いや、喰えないだろ」

「なんだと……?!」


 アマデウスがだらしなく口を開く。そこから、青黒く爛れ腐った舌が垂れ下がった。


「ぐあああああ?! 僕の舌がああああ?!」

「『聖剣』をナメるな」

『聖剣』――超高性能プラズマジェットが約一メートルの光刃こうじんとなって出現するこの兵器は、プラズマアークを安定化するシステムを持つ。プラズマアークに対悪魔用特殊銀を内包させることにより、悪魔の身体再生能力を阻害するため、不死身と称される悪魔を非再生状態、つまり消滅へ追いこむことができる。


「あ、でも舐めたからダメージ喰らってんだよな。てことはナメられてよかったってことで……」

「だあまあれえええええ!!!」


 軽い爆薬の衝撃と同じくらいの衝撃が、周囲の木々や岩に吹き付けた。



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