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『――速報です。東京シティにある高級ホテルに宿泊中だった世界的俳優ヘルマン・アマデウス・フォン・ゲーリング氏が悪魔に襲われた疑いでJSAFが現場検証を行っています。ゲーリング氏は映画のプロモーション活動のため来日、ゲーリング氏の舞台挨拶を楽しみにしていた日本のファンに動揺が広がっています。尚、ゲーリング氏のマネージャーは遺体で発見されており、室内にはゲーリング氏の衣服が引き裂かれて放置されていたことから、ゲーリング氏の安否が心配され』


 そこで中継が消えたアウト

 空中ウィンドウを消したリュカは、後ろの麗子に向かって叫ぶ。


「今の時間、どのサイトもあのニュース速報ばかりだ。ったく、俳優なんてどうでもいいから五賢人就任式の中継を映せっての。麗子、もう少ししたら五賢人就任式を中継しているサイトを探してくれ!」

「わかりましたわ! ところでリュカさん!」

「なんだ!」


 下を走る車の影響を受けない高度で走っているので強風にさらされ、二人はかなり大声でしゃべっている。


「富士山まで、あとどれくらいですの!」

「んー、あと一時間!」

「なんですって?!」


 麗子が何事か呟いたが強風とバイクの爆音でリュカには聞こえない。

 やはり、怖くなったのだろうか。


「麗子どうした?!」

「な、なんでもありませんわ!」

「やっぱり帰りたくなったか?!」

「ちがいますわ!」

「じゃあ何て言ったんだ!」

「何も言ってませんわ!」

「君に何かあったらオレはマスター藤堂に殺される! 怖いなら今からでも――」

 リュカの腰に回った腕と肩がプルプルと震え、爆発するような怒鳴り声が耳をつんざいた。

「スカートの下にジャージを履いてきてよかったって言ったんですのよこのセクハラ男!!」


 どん、と思いきり後ろから背中を殴られてリュカはおおいに咳こむ。

 大和撫子のパンチは意外と強烈だった。






 青木ヶ原樹海は富士山の麓、大昔の富士山大噴火後に誕生した原生林だ。

 ここが昔からある種の噂やパワースポットとされているのは、溶岩で形成された土地が磁鉄鉱じてつこうを多く含んでおり、磁気を強力に放つからだと言われている。

 強力な磁気は生命にある種の力をみなぎらせ、方位磁石を狂わせる。人の手の入っていない原生林で道もないため、一度入ると出られないと言われるようになった。


 その真偽は定かではないが、少なくとも青木ヶ原樹海の石を『宇宙生命体エイリアン』である『悪魔』が嫌うことはわかっており、『聖戦』の際には対悪魔武器を製造することに大いに使われた。


 そのため、石を切り出していたルートは道になっており、植物が茂っているものの今でも通行可能だった。『切り出し街道』と書かれた錆びた看板が道の脇に傾いて立っている。


 その切り出し街道の奥、美しい針葉樹の緑が広がる原生林の中に、手つかずのひと際巨大な岩があった。

 木の根や蔦に巻きつかれたその巨岩は、まるで原生林のぬしのようにたたずんでいる。


「嫌な石だ」


 少し離れた場所で、巨岩を見上げる青年が呟いた。


 仕立ての良い黒いスーツに長身を包み、プラチナブロンドの髪をかき上げるその顔は、見る者すべてがひれ伏したくなるような悪魔的に端麗な顔立ちをしていた。

 緑瞳を蠱惑的に細めて微笑む顔は俳優か何かのようだ。

 実際、彼は世界的に有名な俳優、ヘルマン・アマデウス・フォン・ゲーリングなのだが。


「闇を圧迫し、粉砕し、封じ込める力が宿っている。それをありありと感じるよ。虫唾が走るな。ねえ、ミスター藤堂」


 青年が振り返った数十メートル先に、瑠璃色の司教服に身を包んだ日本人の壮年男性が、巨岩の周囲を歩き回り、何かを地面に描いていた。

 それは巨岩を囲む魔法陣だ。

 司教は、ミサで使用するパンを入れる小さな白い聖櫃せいひつを抱いて、時折祈るように天を仰いでいる。


「ねえ聞いてる藤堂? 早くこの巨岩を始末してくれよ。貴方の力でその封印石を、そこの穴に放りこむだけでいいんじゃないか」


 長くしなやかな指が差した先に、巨大な穴が口を開いていた。


 そこはただの穴ではなく、何か清々しい白いもやのようなものが規則的に渦巻いているのが見える。

 龍脈――古来からそう言われる霊的な聖なる力のみなぎるる、聖なる穴。龍穴とも呼ばれるその聖穴には、聖なる力が渦巻く物体として視認できる。


「僕はその穴も嫌なんだ。身体にまとわりつくその靄……ああおぞましい。早く封印石を破壊して聖穴を塞いでくれたまえよ。あ、まさかここまできてやらないとか言わないよね?」

「悪魔じゃあるまいし、非力なんですよ、人間は。だからこうして破壊の魔法陣を描いているんです。もう少し待ったらどうですか」

「あはは。たしかに、人間は非力だよね。でも、悪知恵はおそろしく働く生き物さ」


 青年の緑瞳が金色に光った瞬間、その長身は藤堂司教のすぐ後ろまで迫っていた。


「でもまさか、やってくれるよねえ。だって、貴方の大事なミス麗子の命が掛かっているんだもの」


 耳元で囁いた声に、藤堂司教は祈りのために閉じていた目をわずかに開け、白い小さな聖櫃を大事そうに胸に抱える。


何人なんびとにも祈りを邪魔する権利はありませんよ、アマデウス」


 アマデウスは白い歯を見せて愉快そうに笑った。


「ははっ、何人ともって。僕ヒトじゃないんですけど」

「それから、さきほどのお嬢さんの手当、終わりましたよ。さいわい内臓は無事だったようなので、お水をあげさせてもらいます」


 巨岩にもたれかかるように寝かされている銀髪の少女は意識を失っていた。

 藤堂司教は腰に下げた水差から水を少女の唇に少し垂らす。


「ん……」

 少女は唇を潤した水で目を覚まし、藤堂司教を不思議そうに見上げた。

「あれ、あたし一体……貴方は、誰? 悪魔……じゃないわね」

「私は藤堂と言います」

「藤堂……藤堂?! マスター藤堂?!」

「おや、私を御存じで?」

「麗子があなたを心配しています。早く、帰ってあげないと」

 ローズの真剣な眼差しに、藤堂は微笑む。

「ありがとう、お嬢さん。しかし、あそこにいる美青年をなんとかしないと帰れませんがね」

「アマデウス……」


 ローズはこちらを睥睨へいげいする青年をちらと見る。美しい、そしておそろしいまでの瘴気を発している。


「彼はワガママな上に強引でね。君まで巻き添えでこんなところに連れてこられてしまった」

「そうそう、ごめんねえ。君は完全に巻き添えだよ」


 優しく和んだ緑瞳が、すっと細まる。


「ていうか藤堂、見えすいた時間稼ぎはやめてよ」

「なんのことでしょうか」

「憎たらしいなあ、その本当に心から知りませんって顔。でも僕をごまかすことはできないよ? 知らないけど、早くこの封印石を処分しないと君の上司や君にはペナルティが課せられるってこと忘れてない? 僕としてはせっかく五賢人の地位を手に入れた君の上司を殺したくないし、その罪もない美少女やミス麗子に傷を付けたくないんだけどねえ」


「――ローズにも麗子にも傷をつけることはできない」


 背後からの声に反応したのはアマデウスの右手。

 刹那、青い閃光が弾ける。

 人間の動体視力では捕捉不可能な悪魔の一撃を、青白い光芒が弾いたのだ。


「うわっ、いたた、なんだよこれ」


 美貌の青年は血の流れた左手をぺろりとも桃色の舌で舐める。同時に、傷は消えていた。


「しかも知らないうちに僕の後ろに立っているなんて……誰?」

「リュカ!」

 ローズが叫ぶ。黒い僧衣カソックの長身は素早くローズたちを背後にして立ち、アマデウスと対峙する。


「そうか! 君がリュカ・アルトワか! なるほど、藤堂は君を待っていたわけだ」

 歓喜に震えた緑色の双眸と静かな黄昏色の双眸がぶつかる。

 リュカは青白い光刃を真っすぐ構えて聖句を紡いだ。


「In nomine gladii et rosae volo mundare et exorcizare inquinatam animam――ローズを返してもらおうか、悪魔マモンの使役魔よ」




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