5-3


「嫌かもしれないがオレにしっかりつかまっててくれ。落ちるよりマシだろ」


 ホバーバイクの後部シートに向かって叫ぶ。少女は無言でリュカの腰につかまっていた手に力を込めた。あるいは何か言ったのかもしれないが、猛スピードからの風圧で何も聞こえない。


(予想はついていたけどなんつー厄介なことを押しつけてくれやがったんだあのクソジジイめ)


 昔からそうだ。知らないうちに厄介なことを抱え込み、それをニコニコと笑って弟子に押し付けるという悪癖は、いまだ直っていないらしい。


 何をまた押しつけてきたのか、その説明を求めにいってこのザマだ。


(――でも)


 リュカはちら、と後方を振り返る。がっちりリュカの腰をつかんだまま、しかし身体をくっつけないように必死に距離をとって硬直している少女。


(マスターの娘を回収できたのは、よかったか)


 リュカが行っていなければ、あの襲撃犯に麗子は連れ去られていたのだろう。


 教会の敷地の車庫にホバーバイクを停めると、麗子は新緑の芽吹く雑木林をしげしげと眺め、ぽつりと呟いた。

「……ここは、武蔵野エリアですわね」

「よくわかったな」

「昔、父と来たことがあって……」


 濁すように言った麗子は、しかしすぐにキッと顔をあげる。


「貴方は一体、なんなんですの?! こんなところにわたくしを拉致して、どうするおつもり?! 父は脅迫などには屈しなくてよ!」

「ああ知ってるよ。君のお父さんは脅迫には屈しないで拉致犯を怒らせて人質を死なせてしまうくらい頑固な人だ」

「知っているならなぜ」

「……誤解の無いように訂正するが、オレは君を拉致したんじゃない。どちらかと言えば助けてやったような気がするんだが?」

「あんな怖い乗り物に乗せておいて助けたなどとよく言いますわね! 信じられませんわ! ホバーバイクなんて不良の乗り物ですわ!」

「不良って……とんだお嬢様だな……親の顔が見てみたい」

「なにか仰いまして?!」

「いや、なんでもない。――さあどうぞ」


 執務室に入り、ソファに座るように促す。また文句を言われるかと思ったが、麗子は大人しく飴色のソファにすとん、と座った。

 そうして、ぐるりと部屋を見回し、リュカに視線を戻した。


「素敵な教会ですわ。古い物の、良い匂いがする」

 意外な言葉が出てきたので、リュカは面食らう。

「はあ、そりゃどうも」

「貴方は、ここの神父様ですの?」

「いや。ここは今は教会として機能してない。『L&R祓魔事務所』っていう祓魔事務所兼、オレとオレの助手の住居だ」

「そう、なのですね……」


 少女は紺色のプリーツスカートの上で手を揃えて、リュカを見た。


「貴方、父とはどういうご関係ですの? 祓魔師協会の方じゃないなら、聖騎士団の方? それに……どうしてわたくしを知っているの?」


 さきほどまでのツンツンした空気が少し和らいだようだ。

 リュカは古い記憶を呼び返す。昔、恩師がいつも見せてくれた写真。そこに写っていた幼い少女が成長した姿が目の前にある。


「……マスター藤堂はいつも写真を持ち歩いていた。娘だと言っていた。亡き妻によく似ていると君のことを自慢していたよ、マドモアゼル麗子」

 麗子は切れ長の二重の双眸を大きく見開いた。

「父が……父がわたくしの写真を?」


 そのとき鋭いノック音がして、漆黒のゴシックロリータファッションの少女が入ったきた。花柄のビクトリアン調のティーカップをお盆に載せている。


「粗茶ですけどっ」

 がちゃん、とローズはトゲトゲしくカップを置く。

「ロ、ローズちゃん。そんなに強く置いたら、カップが壊れちゃうよ……?」

 ぎろり、とすみれ色の双眸がリュカを睨む。

「は? それがずっと何の連絡も無しに事務所を空けて手土産もなく帰ってきてでも異常に弾倉のストックが減っていておまけにこーんな素敵なお客様まで連れて帰ってきた人が言うことですか?」

「だからそれを今から説明しようかと――」


「まああっ! なんて可愛らしい!」


 リュカとやりとりするローズを穴の開くほど見ていた麗子が声を上げた。


「はあ?!」「へ???」


 言われた意味がわからず固まっているローズの手を握り、麗子は自分の隣に無理やり座らせた。

「この月の雫を浴びたような銀色の髪、雪花石膏アラバスターのように透き通る肌、そしてこのすみれ色の目! 完璧、完璧ですわ! これぞ理想の美少女像! ぜひわたくしの『妹』になっていただきたいですわ!」


 思いもよらない方向で反撃されてローズは完全にたじろぐ。


「は、はあ?! 貴女バカなの?! 状況わかってます?! 貴女はリュカが連れてきた、その……と、友だち? か、かか、彼女? ていうか妹って何?!」

「たぶん、お嬢様学校にありがちな下級生を仮想妹にして可愛がる制度のことを言っているんだと思う。それより」


 リュカがお茶を一口飲んでから深々と息を吐いた。

「この子は友だちでも彼女でもない。客でもない」


 ローズが目をしばたいた。

「どういうこと?」

「今から説明する。ローズにも、マドモアゼルにも」


 リュカは応接テーブルを軽く叩き、自分の空中ウィンドウをタップすると、藤堂からのメールを表示した。


「オレはリュカ・アルトワ。君がさっき指摘したように、オレは昔、聖騎士団にいた。君のお父さんとはそういう関係だ。納得したか?」

「え、ええ……」

「このメールの差出人の藤堂天海という人物は、オレの聖騎士団時代の上司だ。で、麗子はその娘さん。理解したかローズ?」

「う、うん」

「このメールが送信されたのは三日前だ」

「三日前……」

「『悪魔に囚われし者を救え 偽りの聖座が生まれるとき 樹海の聖なる石は龍脈で悪魔の穢れを祓わん』。なんだか、予言詩みたいね」

 眉を寄せてローズはじっとメールを睨んでいる。

「マスター藤堂と話がしたいと思って家を訪ねたんだが、あの状況じゃ在宅じゃなかったんだよね?」

 リュカの問いに麗子は頷く。その表情は硬い。


「父は今、行方不明なのです」


 リュカとローズは顔を見合わせた。

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