5-2
ティナが教えてくれた住所は東京シティの郊外、閑静な高級住宅街にあった。
碁盤の目に区画された屋敷街は、一つ一つの邸宅の敷地が大きい。エリア全体に対悪魔用の防災対策が取られており、その上どの家も邸宅の周囲を何らかの花の生垣で囲っていた。
藤堂天海の家はピンク色の
「すいませーん」
門扉が開いていたので、声を掛けてみる。屋根付きの大きな門からは家の奥はまるで見えない。『藤堂』という立派な表札の下のインターホンを押したが、中から返答はない。
「……仕方ない。外に停めて迷惑になるよりはマシだろう」
リュカはホバーバイクを押して中へ入り、門扉のすぐ裏の木々の中に隠すように停め、立派な日本庭園の中の石畳を歩く。
丁寧に整えられた木々や花壇の中、
「先客がいたとはね」
丁寧に整えられた木々や花壇から、押し殺した気配がこちらをうかがっている。
リュカは澄ましてそのまま歩いたが、何も起きることなく玄関前に出た。
「誰だか知らんがなぜ仕掛けてこないんだ? 神父は襲わない主義とか? それとも マスター藤堂の悪ふざけか?」
扉に近付くとモダンな木製引き戸が音も無くするすると開いた。
「個人宅で自動ドアか。すごいな……って、うわっ?!」
何かを思いきり投げつけられた。反射的に避けたそれは庭へ飛んでいってべしゃ、と割れた。リュカの背後にそびえ立つ見事な
「やはり来ましたわね!!」
玄関ホールに仁王立ちしていたのは、青いリボンのセーラー服を着た少女だった。
ハーフトップに結った黒髪。大和撫子のような可憐で涼やかな美人顔がこちらを睨み、彼女の背丈を優に越える
セーラー服にまったく似合わない完全武装だ。
「わーっっ、ちょ、待っ、なんか勘違いしてない?!」
「勘違いなわけあるものですか! この鬼畜!」
薙刀が風を切った、と思った瞬間、リュカは間合いを詰められていた。
「うわっ」
突き出された刃の鈍い光に息を呑む。
「ちょ、待っ、嘘だろ?! 真剣じゃないか!!」
「覚悟!」
気合と共に突き出された一撃をリュカが避けたのと、ぐ、というくぐもった声が上がったのは同時だった。
リュカの背後で、憐れな襲撃者の肩に薙刀の刃が突き立っている。
「へ?! 同業者?!」
呻きながらよろめいているのは黒い
それを認めた刹那、リュカは少女の身体を押さえて伏せた。
――間一髪。
玄関ホールにくぐもった銃声が連続する。するすると玄関の引き戸が閉まり、薙刀が肩に刺さった人影が絶叫した。薙刀が玄関扉に引っかかっている。
外で数人が動く気配がして、からん、と薙刀が玄関に落ちた。無理やり刃を引き抜いたらしい。外で絶叫と怒号が上がった。
「初めての訪問なのに無作法で悪いが」
リュカは靴のまま家へ上がり、少女を家の奥へ押しやる。
「貴方はあちら側の人では――」言いかけた少女の言葉をリュカの怒声が
「ごちゃごちゃ言ってないで死にたくなかったら廊下の壁に隠れろ!」
その瞬間、再び玄関扉がするすると開き、銃声が轟く。
――こうして、壮麗な高級住宅街の中での銃撃戦が幕を開けたのだった。
◇◇
「なあ、外の人たち、お友だち……ってそんなわけないか」
新しい弾倉を装填しながら、睨んでくるセーラー服の大和撫子にリュカは苦笑を返す。
「冗談。でも
「……祓魔師協会の方々ですわ」
その確信的な言い方にリュカは眉を上げる。
「なんでわかるんだ?」
「それは――」
そのとき再び轟音が響いた。
この家の玄関扉は一見、古風な日本式格子戸だが、実は化学研究所並みの防弾扉。
そのため、互いに歯噛みしつつ扉越しの攻防が続いている。
「このままじゃまずい」
じきに弾切れだし、向こうの方が圧倒的に数で有利だ。ざっと見積もって七、八人。いくら防弾とはいえ、玄関扉も限界に近いように見える。
「こうなったら後退して、家の裏口から出るか――」
しかし相手もそれを警戒しているのか、後退する隙を与えないほどの銃弾を浴びせてくる。
「だが、向こうも焦ってる。ということは、家の裏口まで回せる人員はいないってことだ」
さっきの薙刀の扱いを見るに、このセーラー服の大和撫子はリュカの誘導についてこれるだろう。
退路を開き、ホバーバイクまで辿り着ければ――思考を巡らせている視線の先で再び玄関引き戸がするすると開いた。
刹那、再び銃声が連続。黒い弾痕が玄関ホールを次々に
「くそっ」
リュカは0・3秒で照準を合わせ『セラフ』――旧型回転式拳銃
しかしそれも束の間、突如
「な、なんですの?!」
「伏せろ!」
身体を起こそうとした少女をとっさに床に押し倒す。
爆風と共に粉塵が吹きつけるが、リュカは腕で顔をかばいつつ視界を確認。
薄い煙の中、黒い影が七人、マシンガンを抱えて立っているのが見えた。
「プラスチック爆弾って……ここは戦場じゃねえっつうの!!」
そのとき、大きな警報音が鳴り響いた。
そう、ここは戦場じゃない。高級住宅街なのだ。
エリア全体が悪魔対応可能な防犯設備を有しているため、火や火薬の音、臭いを感知するAIセンサーが至るとこに取り付けられている。どこかで火災や悪魔による襲撃、それによる武器使用があればただちに警報が鳴り、セキュリティー会社とJSAFが到着するシステムになっていた。
鳴り響く警報音とほぼ同時に、遠くからサイレンの音がする。
「……やっぱり同業者じゃん」
男たちは皆、僧衣だった。襟につけていた徽章は国際祓魔師協会のものに間違いない。
「君の言った通りだったな。彼らが君を襲おうとしたってことは、マスター藤堂はここにいないんだね?」
「助けてくれたことにはお礼を言いますわ。でも、貴方だって信用できない」
少女はふい、とそっぽを向いた。
リュカを疲労のにじんだ息を吐き、少女の腕をつかむ。
少女はハッとして真っ赤になり、リュカの腕を振り払おうともがいた。
「な、なになさるの! お放しになって!」
「まずオレが敵じゃないことを認識してくれ。オレは祓魔師協会の人間じゃない。ただのフリー祓魔師だ」
「フリー祓魔師? どういうこと――」
「とにかくここから離脱する。安全な場所に着くまではオレの言うことに従ってもらう。セキュリティー会社やJSAFにここで事情を聞かれるのは君の父上――マスター藤堂の望みではないと思うんでね。わかったかな、マドモアゼル麗子」
父の名と自分の名を出された少女は、驚きと共にリュカを見上げた。
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