Episode 5 Godfather

5-1


 空中ウィンドウには、金髪緑眼の美しい青年が映っていた。


『――世界的に大人気の俳優ヘルマン・アマデウス・フォン・ゲーリング氏が新しく公開される映画のプロモーションのために各国を回っています。公開予定の映画『天国と地獄』では、悪魔に憑依されながらも壮絶な祓魔エクソシズムに耐えて見事に悪魔に打ち勝つ青年の姿を演じるヘルマン・アマデウス・フォン・ゲーリング氏ですが、今回スタントマンを使わずに悪魔の動きを演じたことで映画業界に衝撃を与え、話題を呼びました。今後の活躍も期待され、現在訪れている日本でも映画関係者が』


 画面が切り替わり、空からの映像が映し出される。荘厳な山肌、火口からは薄く煙が上がっている。


『――富士山では山開きを前に、地元の山岳隊による最終チェックが行われました。富士山は悪魔が出没しない数少ない観光スポットの一つで、シーズンには毎年多くの人で賑わいます。山岳隊は観光客の安全な登山のために道を整備すると共に、観光客に対して登山マナーを守るように呼びかけ』


 画面が切り替わり、世界中の国旗と宗教旗が翻る白亜の建物が映し出される。


『――現地からの中継です。私は今、北アメリカ連合ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区の国際祓魔師協会本部前に来ています。今回、協会議会満場一致という異例の推薦により新しい五賢人の一人となられた、キリスト教会所属のグレゴリオ枢機卿。元聖騎士団員という輝かしい功績を持つグレゴリオ枢機卿の五賢人就任式を控えた現在、沿道には祝福に訪れた多くのキリスト教徒が旗をふる姿が見られ――』


 そこで音声が唐突に切れた。興奮気味で実況していたリポーターの映像も同時にアウトする。



 飴色のチェスターフィールドソファの上で、西洋人形クラシックドールのような美少女がニュースウィンドウを閉じたからだ。


「もうっ、どこも同じようなニュースばっかり。つまんない」

 呆れたように嘆いた美少女は、顔の横で揺れる銀色のツインテールを指でいらい、食後のお茶に口を付けつつ思案する。


「五賢人って国際祓魔師協会の頂点よね。つまり、世界中のあらゆる宗教の頂点ってことじゃない? そんなポストに就いちゃうなんて、まあ普通じゃないわよね。よほどの聖人かお金積んだか、とにかく普通に生きてたら手に入らない地位だわよねえ……ああっ、いけないわローズ。リュカのせいでやさぐれた考え方が染み付いちゃってる」


 やさぐれたその考えが、この『L&R祓魔事務所』の主、リュカ・アルトワのせいかどうかはともかくとして。


 ローズはテーブルを挟んで向かいのアンティークソファに目をやる。いつもそこに座っているはずのリュカは今朝早くから不在だった。


「そういえば、リュカの出張先ってどこなのかしらねえ。今頃何してるのかしら」


 昔の知り合いから依頼があった、としかリュカは言わなかった。


 行き先も依頼内容も秘密。それが依頼人の意向らしい。


 初めてのパターンにローズは少し驚き、少なからず腹も立った。共同経営者の自分に秘密とはどんな依頼なのか。だいたい、それは若い女なのか。もしティナのような美人でセクシーで大人な女性だったら――。

 しかしそんなローズの妄想はすぐに霧散した。「もうかなりオジサンだから外出が面倒らしい。呼びつけられたから行ってくる」とリュカが言ったからだ。

 おまけに出張費もすべて依頼人持ち、数日間の依頼をキャンセルしてもおつりがくるほどの前払金を振りこんでくれたので、ローズは上機嫌でリュカを送り出したのだった。


「ほんと、かなりリッチなお客さんよね。リュカったら、今頃どこかのホテルで優雅に食事してたりして。いいなぁ……ま、お土産に期待しようっと。リュカは何を買ってきてくれるかしら」


 ローズが勝手にお土産への期待に胸をふくらませていた――その頃。



「こんなの聞いてねえっっ!」



 雨あられのように注ぐ銃弾の中、リュカは瞬時に弾倉を再装填リロード、活路を開くための射撃を再開する。

 その横でセーラー服の少女がすくっと立ち上がった。

 意志の強そうな切れ長の双眸にりんとしたたたずまいの大和撫子やまとなでしこだ。


「わたくしに攻撃するなんていい度胸ですわ!」


 少女は構えたサブマシンガンを見事な手さばきで構えた。

 素人とは思えないその動作にリュカはぎょっとして少女のセーラー服を引っ張ってその場に伏せさせる。


「危ないだろっ」

「何なさるの?!」

「君こそなにしてんだっ!」

「相手も本気ならわたくしも本気を出すまでですわ!」

「本気出さなくていいから頼むからおとなしくしててくれ!」

「どうしてですの?! やられたらやり返す、それがフェアプレイ精神というものですわ!」


 なんかいろんな意味でいろいろと間違っているが今はそれを訂正する気力も余裕もなかった。リュカが制するより早く、少女はトリガーに手を掛けてしまっていたのだ。


 轟音があっという間に玄関の天井に黒い穴を穿っていった。


 薄く硝煙を上げるマシンガンを抱えて、少女はリュカの腕の中で硬直。


「す、すごい威力ですわ……」

「ああそうだろうとも。そのMP5Kは君の学校の指定備品とはわけが違う。一体どこからそんな物を持ってきたんだか……頭痛がする」

「あっ、なになさるの返して!」

「うるさいっ、君にこんな物持たせてたらこっちの命も危ないっ」


 リュカは無理やり少女からサブマシンガンを奪い取ると、自分の肩にかける。


 こちらが出てこないと悟って、再び銃撃が始まった。


「くそっ、キリがない!」

 絶え間ない攻撃の中に活路を開く算段をつけつつ、リュカは自問自答していた。


(くそっぉ!なんで来ちゃったんだよオレっ)



 発端は、一通のメールだった。



◇◇



「『悪魔にとらわれし者を救え いつわりの聖座が生まれるとき 樹海の聖なる石は龍脈で悪魔の穢れを祓わん』。なんだこりゃ。いたずらか?」



 タイトルの無いメール。予言詩のような文面に首を傾げ、そのメールの差出人に思わず声を上げた。


藤堂天海とうどうてんかい……マスター藤堂だ」


 それはリュカの、聖騎士団時代の上司だった。

 聖騎士団――かつてキリスト教会が悪魔と戦うために立ち上げた対悪魔戦闘特殊精鋭部隊。

 その中で、少数派の東洋人でありながら聖騎士団を導くマスターの地位にいた藤堂天海は、リュカが聖騎士団に入団した当初からの指導者であり、共に悪魔との戦火を戦い抜いた上司であった。


 今はキリスト教会司教、教会の重鎮の一人グレゴリオ枢機卿の側近も務め、国際祓魔師協会に祓魔講師として所属し、東京シティ郊外に屋敷を構えていると風の噂で聞いていた。


「なぜ今更『おちこぼれ』のオレに連絡を……?」


 藤堂が祓魔師協会所属の祓魔講師になると決まったとき、一緒に講師として働くよう何度も要請されたが、リュカは断った。

 藤堂にしてみれば目を掛けていた弟子に裏切られたと思ったことだろう。やがてリュカは教会からも離れることになった。それ以来、音信不通になっていたのに。


「なのに、なぜ」


 リュカは空中ウィンドウに映るメールを凝視する。


「……他に頼める人間が周囲にいない、ということか?」


 藤堂天海は人格者だ。やや、というかだいぶ変わった性格キャラクターではあるが基本真面目で、人を惹きつける魅力のある不思議な人だった。

 ゆえに、祓魔師協会の中の派閥争いなどがあったとしても藤堂がまったくの孤立状態になるというのは考えにくい。


「あるいは、マスター藤堂の身に危険が迫っている」


 リュカはメールの末尾を睨んだ。そこには一言、『必要経費』とだけ書かれ、その金額と振り込んだ日時が記されている。別ウィンドウを開き口座を確認すると、その通りの金額が振り込まれている。リュカは大きく溜息をついた。


「何をやらせたいのか知らないが気前の良いことだ」


 リュカが祓魔事務所を開業して以来稼いできたのと同額くらいの金額が振り込まれている。それはこの古い教会を購入した借金をじゅうぶん埋めることのできる金額だった。

 けれどもまったくうれしくない。

「くそっ、あの人らしい手口だ。もらっちまったらやらないわけにはいかないだろうがっ」


 昔からそうだった。知らないうちに厄介なことを抱え込み、それをニコニコと笑って弟子に割り振る人だった。悪いことをしているという意識がないのでタチが悪い。


 いつもリュカの背後から忍び寄り、首根っこをつかみ鍛錬場へ引きずっていった温和な笑顔が脳裏をよぎる。

「嫌なこと思い出しちまった」

 リュカはぶるぶる首を振る。


 逃げられないなら手早く片付けるまで。しかし、この意味不明なメールだけではらちが明かない。

 僧衣カソックを羽織りつつ通信用のウィンドウを開き、ティナに連絡した。

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