4-11



「雨漏りの修理もできたし、星愛ちゃんのおかげで花壇にたくさんお花も植えられたし、やっと半期に一度のメンテナンス終了だわ」


 お茶のワゴンを押して、ローズが執務室に入ってきた。

 執務卓にだらしなく足を乗せ、背後の窓から見るともなく外を見ていたリュカが大きく身体を伸ばして立ち上がった。


「おつかれおつかれ、だな。星愛ちゃんもだが、陽人もよく働いてくれた。雨漏りの修理はほとんど陽人が一人でやってくれたし。あいつ、けっこう器用だし飲み込みも早い。ローズ、同世代の助手にどうだ?」

「よけいなお世話ですっ。間に合ってますからっ」 


 ローズはリュカに舌を出すと、ティーポットからお茶を注いで、芳香を楽しむように鼻を動かす。

「うーん良い香り……やっぱり、たっぷりの茶葉で淹れたアールグレイは最高ね」



 夜。いつものように執務室のソファで、リュカとローズはお茶を飲む。

 骨董品アンティークだが良品のソファセットやティーセットに囲まれているにも関わらず、紅茶というより紅茶風味のお湯を飲むのが常な二人なのだが。

 今夜は濃く芳ばしい紅茶の香りが、執務室いっぱいに広がっている。


「それと、はい、これ。星愛ちゃんと一緒に作ったの」

「おお! 美味そうだな!」

「い、言っておくけど星愛ちゃんが作りたいな、食べたいなって言ったから作ったのよっ。リュカや陽人にはついで、つ・い・で、なんだからねっ」


 少し頬を赤らめてローズは三種類のクッキーが盛られた大皿をテーブルに置く。「ついで」と言いいながらリュカの好きなアーモンドが入ったクッキーがあるのを見て、リュカはくすりと笑った。ローズらしい気遣いだな、と。


「な、なによっ。いらないなら食べなくていいからっ」

「いやいやいや食べるって! 食べます! 食べさせてください!」

「ふ、ふん。そこまで言うなら食べれば」


 リュカはアーモンドの入ったクッキーを口に入れて「美味い」ともう一つ口に入れる。それをちらちら横目で見ていたローズの表情がうれしそうにゆるみ、細い指でチョコチップの入ったクッキーをつまむ。


「――うん、おいし。星愛ちゃん、お菓子作りなんてすごく久しぶりだってとても喜んでくれたの。お料理が好きなんですって」

「そうか。ちゃんとキッチンのあるアパートが借りられるといいけどな」


 ローズには、陽人から報酬をもらった一部始終を話してあった。

 ローズはフクザツな表情をしつつも「星愛ちゃんのためにはそれがいちばんね」と納得している。


「ま、陽人に250万ダラーなんて最初から期待してなかったけど。しょうがないからこれで勘弁してあげるわ」

 陽人からもらった3万ダラーの報酬で買った紅茶の缶を、ローズは大切そうにキャビネットの中に入れて、呟いた。

「星愛ちゃん、ほんとうによかったわ。もとに戻って」


――あの日。


 JSAFが公園に到着する前に、リュカは星愛を連れて教会に戻ってきた。

 陽人がそうして欲しいと願ったからだ。

『この場のことは俺がJSAFに話しておくよ。それより、星愛はヤバいんだろ。リュカに助けてほしい』

 陽人が切迫していたのも無理はない。

 リュカが施した祓魔の聖印を破った悪魔は、星愛をいよいよ完全にのっとろうとしていた。ずっと一緒にいた陽人はそれを肌で感じたのだろう。

 より強力な聖句で縛って教会に連れてきたとき、星愛は神を罵る汚言を吐き続け、少女とは思えない力でリュカやローズに抵抗し続けた。

 星愛を少しでも傷付けないように、リュカが時間をかけて祓魔を行い、衰弱した星愛をティナのツテで祓魔病院に搬送してもらって事なきを得たのだった。



「そうだな。ローズのおかげでクリスタルローズも無駄なく加工されて売れたしな」

 商品にして流通してしまえば、後を追うことは難しくなる。エージェントを使ってあのクリスタルローズを追っていた人物も諦めただろう。


「ああクリスタルローズ! 素晴らしかったわ!」

 ローズはうっとりと顔を上げる。

「扱いにくいけど鮮やかな色や香りがたまらなくて……また扱ってみたいな。もう少し違う機材があれば、もっとエキスを抽出できたと思うのよね。せめて遠心分離機くらい手に入れば……あとは素粒子ルーペなんかもあると便利だし」

 科学者らしい顔つきでぶつぶつと呟くローズを見て、リュカは濃い紅茶を愉しんだままの笑みでさらりと言った。

「もっと条件のいいところで働いてみる気はないか?」

「……へ?」

 あまりにリュカの言い方がさらりとしていたので、ローズにしてはマヌケな応答になってしまう。

「前から、ティナにも誘われてるだろ。待遇も研究環境も今とは比べ物にならない。ティナのツテなら間違いないし、おまえの能力ならさらに好待遇も期待できるし、もしかしたら身元の手がかりも――痛っ」


 次のクッキーに手を伸ばしていたリュカの手を、ローズがぴしゃりと打った。


「な、なんだよ?!」

「もうリュカにはあげないっ」


 ローズは大皿をテーブルから取り上げると、自分の膝の上に抱えてむしゃむしゃとクッキーを頬ばった。


「え? え? 急にどうしたんだ? ローズちゃーん、オレもまだまだクッキー食べたいなー」

「知りませんっ」


――あたしは他になんか行かないんだから! ここが――リュカのそばがいいの!



 そんなローズの乙女心などまったく想像もできないリュカは「オレにもクッキー……」とむなしく指をくわえた。




 こうして、古い教会の夜は更けていくのだった。



【Episode4 Stand by Me おわり】

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