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 武蔵野エリアの外れにあるコロニー。


 かつては東京シティが運営していた公園だったというだけあって広い。

 そして、全体的に整然と植栽されている。

 チューリプ、石楠花しゃくなげ、野薔薇、百合、桔梗ききょう、椿、山茶花さざんか、水仙。

 もともと植えられていたものもあるが、悪魔よけに後から植えられたものもあるのは他のコロニーと同じだ。

 元は公園だったということで花の量も種類も多く、『ゲヘナ開門』以来、東京シティ西ブロックでは最も人気のあるコロニーの一つだ。


 町から少し外れたこの場所には外灯があまりなく、各テントから漏れる灯りが弱い蛍の光のように、ぽつりぽつりと散在していた。


 リュカはテントの間を蛇行する通路を歩いていた。


 人々は煮炊きをしたり、手持ちの古びた楽器を演奏したり、思い思いに夜を過ごしている。

 愛用の黒いミリタリーバックパックを背負った僧衣カソック姿を、人々は物珍しそうにじろじろと眺めた。


 やがてリュカは、コロニーの最も東の外れ、花もテントも少ない濁った沼のほとりに、見覚えのある影が立っているのを見つけた。


「こんばんは」


 リュカが近付くと、少年はリュカの僧衣を見て目を瞠った。


「あんた、本当に神父だったんだな」

「失礼な。本当に神父だよ」

「本当に……来てくれたんだな」

「おまえが来いって言ったんだろう」


 呆れて言うと、少年は手をつないだ小さな女の子に目をやった。


「妹だ」


 七、八歳くらいだろうか。ひどく痩せて夜目にも蒼白いが、リュカを見上げる大きな目は澄んでいて、全体的に整った顔立ちが少年に似ていた。


「テントに、一人にできないから」

 ぼそっと呟いた少年を見上げて、少女は口をとがらせる。

星愛せいあ、一人でお留守番でも大丈夫なのに。お兄ちゃんが心配しすぎなんだもん」

 妙に大人びた様子に、思わずリュカは笑った。


「一人で留守番できるのか」

 しゃがんで、少女に目線を合わせる。少女はパッと少年の後ろに隠れ、リュカをじいっと見た。かなり警戒している。


「できるよ。だって昼間は、一人で留守番してるもん」

「へえ、えらいな」


 少女はリュカを警戒しつつも、褒められたことに気をよくしたようだ。


「本当は夜のおしごとのがお金がたくさんもらえるんだって。でも、夜はわたしを一人にできないからって、お兄ちゃんは昼間に無理してたくさんお仕事してくれるの」

「星愛、よけいなこと言うな」


 困ったように少年は幼い妹をさとす。

「この人は、仕事の話で来てるんだ」

 促すような少年の視線に、リュカはバックパックから袋を取り出した。


「まだ話を受けるかどうか決めてないから、持ってきた」

「あんた、祓魔だけじゃなくて薬の調合もやるんだろ? 金を払えばなんでも請け負うってホームページに書いてあったのは嘘なのか?」


 はー、とリュカは溜息を吐いた。あまり誇大広告をするなと後でローズに言っておかなくては。


「なんでもやるって言っても限度があるし、正確に言えば薬の調合はオレの担当じゃない」

「えっ、担当って……まさか、あの女の子?!」

「そういうこと。ちなみに金払いの良い仕事は好みだが、君はそもそも前払いできる金がないんだろう?」

「だからっ、薬を作ってもらえれば金はできる!」

「なぜ祓魔を頼まない?」

「……え?」

「オレはフリーだけど正式に資格を保有した祓魔師だし、腕も悪くないぞ?」

「どういう――」

「憑依されてるんだろ、その子」


 少年の後ろに隠れていた少女の瞳に、突如、金色の光が宿った。


 暗闇でも光る獣のような双眸。かさかさの唇がにたりと嗤い、少女の声とは似ても似つかないしゃがれた声が言った。


「見るんじゃねえよブタ神父。それともブタ野郎はこんな乳臭いガキにも欲情するのかあ? ああ?」

 瞬間、少女はリュカに飛びかかろうとした。

星愛せいあ!」

 少年がもがく少女を必死に抱えこむ。

「放せっ、このクソガキっ」

 汚い言葉で兄を罵る少女はさっきとはまるで別人だ。

「星愛っ、頼むから元に戻ってくれよっ」

「ムダだバーカこのガキはもう俺様のモノなんだよっ」

「――そう、無駄だ」


 少年はハッとリュカを見上げた。


「何を言っても無駄。今は憑依した悪魔が優位な状態だから。――そのまま押さえててくれ」


 瞬間、リュカはしゃがみ込む。


Accipeアシペ  vinculaビンクラ  regisレジス  Salomonisサロモニス


 呟きながら少女の額に指で素早く何かを描く。

 刹那、少女が凄まじい悲鳴を上げた。


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