4-3
「あの
男は忌々し気に舌打ちした。ちなみに『狩師』というのは、フリー祓魔師の蔑称だ。
フリー祓魔師は、祓魔師協会所属の祓魔師と決定的に違う点がある。
それは、賞金を懸けられた悪魔や憑依体を追うこと。
もちろん高額賞金を獲得するためだ。実際、それでかなりな財を築く者もいた。
その行為は、悪魔が跳梁跋扈するこの時代、世界が苦心して築いた悪魔に対抗するための秩序を乱しかねない。
ゆえに世間は、フリー祓魔師を『狩師』と蔑むのだ。
「大佐、クライアントから電話です」
部下から電話を受け取ると『大佐』と呼ばれた男の口調はガラリと変わった。
「ああ、どうも。私です。ええ……もちろんです。存じております。はい、この件は外部には絶対に漏らしません。ええ、もう
通話を切った途端、扉をノックする音がする。
「入れ」
大佐が叫ぶと扉が開き、迷彩服姿の屈強な男たちが数名入ってきた。
「あの少年の住居がわかりました」
「どこだ」
「武蔵野エリア外れのコロニーです」
大佐がハイエナのように口の端を上げた。
「日が暮れたら回収だ。準備をしておけ。くくく……行儀の悪いネズミにはお仕置きをしなくてはな」
◇
「これはクリスタルローズ。幻の聖花、と
聖花とは、対悪魔戦闘において使用される花のことだ。
悪魔に対しては自然界にある花でもある程度の効果があるが、対悪魔戦闘において戦闘道具として使用するのは聖花だ。
世界各地の国際祓魔研究所で遺伝子操作された花で、悪魔を殺傷、悪魔から受けた傷の浄化、あるいは結界を作る際の材料となる。
「ご存じのように聖花の薔薇は、聖花の中でも最も高い威力があります。低級悪魔なら聖花の薔薇を撒くだけで祓えることもある。聖花の薔薇で作る結界は祓魔儀式に必要不可欠だし、だから祓魔師は特殊加工した聖花の薔薇の花弁を戦闘具として携帯しています。そんな聖花の薔薇の中でもクリスタルローズはケタ違いの効果・威力を発揮します」
ローズは興奮気味に瓶を覗きこんでいるが、ローテーブルの上に置かれたカプセルポットには青々とした茎や葉しか入っていない。
「肝心な花が無いように見えるんだが?」
「よく見ててくださいね」
ローズはそっとカプセルポットを抱える。
フリルがふんだんに付いた漆黒のブラウスを背に、カプセルポットの中で七色に光る物体が浮き上がった。
「おお、すごいな。虹色の薔薇か」
「この聖花は名前の通り、クリスタルのように透き通った花弁が特徴なんです。すごく繊細で、栽培も扱いも難しい。あの少年は調合してくれって簡単に言ったけど、そもそも一般には流通していないし、扱えるラボも限られます」
「なるほどね。あの少年はどこでこれを手に入れたのか? なぜ薬を調合しようとしているのか? 謎は深まるばかりだ。次回『追われた少年と幻の花の真実」、お楽しみに!」
「……ふざけないでください。これ、ぜったいヤバい話です。今夜この瓶を返して手を引きましょう」
「意外だな。ローズは絶対やるって言うと思ったのに」
「ヤバい話には手を付けない主義なんです」
「250万ドラーは確約されているのに?」
おどけるように言うリュカに、ローズは顔をしかめた。
「どう考えてもめちゃくちゃ危ない状況でしょう? 下手したらあたしたちがJSAFに捕まりますよ? クリスタルローズは国内でも限られた栽培所でしか扱われていないから、調べればどこから盗まれた物かすぐにわかっちゃうんですよ? 現にあの人、エージェントに追われていたじゃないですか」
あの人とは、あの少年のことだろう。リュカはぷぷっと笑った。
「本当は気になってるんじゃないのか? ちょうどローズと同い年くらいの少年だったな」
「は?! なんの話ですか?!」
「お、珍しく顔が赤い。いいじゃないか、爽やかな体育会系、将来有望なイケメンだと――」
「うるさいっ」
ローズはソファに並んだクッションをつかんでリュカに思いきり投げつけた。
「うわっ、危ないってローズ! ティーカップが割れる!」
「うるさいっ黙れこのクソ神父っ!」
(リュカのバカバカっ、人の気も知らないでっ)
フリー祓魔師として、また狩師として、依頼報酬や賞金が高い仕事はもちろんウェルカムだし、狙っていきたい。
しかし、ヤバい話に手を出してこの事務所の経営が――リュカが危ない目に遭うことは避けたい。仕事を選ぶときにそれだけは気を付けている。
金が稼げても、大切な人が危険にさらされたら。この古い教会での日常が消滅してしまったら。
ローズは、何よりもそれを怖れていた。
しかしリュカは、
(うーん、ティーンの女子の扱いは難しいな。反抗期かな?)
などと思いつつ、まあまあとローズをなだめる。
「ローズは学校に行ってないし、同年代の人間と接する良い機会だろ? それに、本当はやってみたいんだろ、調合」
「調合」という言葉に、クッションを投げようとした手がピタリと止まる。
「クリスタルローズ。扱うラボが限られるってことは、研究者すら滅多にお目にかかれない聖花なんだろ? 天才科学少女の探求心がくすぐられるよな?」
「う、や、やめてくださいっ。なんであたしを悪の道に引きずりこもうとするんですかっ」
「ローズは天才化学少女としての探求心に、オレはフリー祓魔師としての好奇心に賭ける。そういうことでどうだ?」
「そっ、そんなギャンブラーみたいなことできませんっ」
「人生、ギャンブルすることも大事だろ? それともこの聖花、JSAFに届けるか? もしくはシレっとネコババするか?」
「う」
どちらも嫌だ、と顔に書いてあるローズに、リュカはニッと白い歯を見せて笑った。
「ハイリターンはハイリスクから。とりあえず今夜20時、武蔵野エリアのコロニーに行ってみるよ」
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