Episode 2 DEAD OR ALIVE

2-1


『【祓魔に関する事件記録 分類4=閲覧不可 記録番号53】


2186年 4月某日 東京シティ西北ブロック戸山エリア 

国際祓魔研究所における被験者・ID49の逃走に関する一連の記録


 被験者・ID49は通常通り6:00起床、体操と朝食の後、抑制薬1mlを投与。30分経過観察後、WAIS-S、カウンセラーとの対話及び絵画創作によるヒアリングを実地。

 昼食の後、抑制薬投与のため数名のドクターが部屋を訪問。

 ID49、抑制薬投与を拒否。

 希望により『クレバー博士』のみその場に残り、15分会話。


 10分後、クレバー博士を人質に取り部屋から脱走。


 研究所内を逃走。追いついた研究所員三名を撲殺。

 正面受付ホールにて変化へんげ

 発砲したJSAF隊員13名を惨殺。

 クレバー博士の身体認証及びキーを使用、クレバー博士を伴って研究所の正面出入口から逃走。

 33時間後、JSAF及び祓魔師協会より派遣された祓魔師団により捕獲、祓魔。捕獲当時、現場にクレバー博士の姿は無い。ID49の所持していた防災リュックからは、クレバー博士のIDカード、白衣、小型のウサギのぬいぐるみ(白色)が二十個入っていた。


※機密事項――通称クレバー博士、本名ソフィア・シャルロッテ・サザーランドは現在も行方不明、引き続きJSAF特務部隊が行方を捜索中。

 尚、『クレバー博士』の身柄の回収においては生死を問わないことが、国際祓魔研究所とJSAF特務部隊の間で確認済みである。』







「……できた」

 花びらのような唇から、吐息がこぼれる。

 ステンレス台にずらりと並んだ試験管。試験管の中には、薄紅色の液体が等分に入っている。液体の成分バランスを崩さないように女性ウケする色を付けることに成功した。

「素晴らしいわ……やっぱりあたしって天才なんじゃないかしら」

 ローズのすみれ色の双眸が満足そうに細まった。


 銀色のツインテールが揺れる顔はまさに西洋人形クラシックドール。陶器のような肌に漆黒のフリルブラウス、パニエでふくらんだレースをふんだんに使ったスカート――いわゆるゴスロリファッションがよく似合っている。


 ただし今日は、その上から白衣を着て透明な実験用ゴーグルをかけていた。


 室内には小さな換気窓、周囲三方を様々な実験器具の置かれた棚が囲み、真ん中に小さな水道とガスコンロのあるステンレス台。それで八畳一間の部屋は容量最大だ。


「はあ、新しい顕微鏡が欲しい。あっ、試験管も、それからゴーグルだってしたままウィンドウが開ける最新式のが欲しい……あっ、それと完成した商品を保管するスペースも……いやいや、贅沢は敵よっ。ある材料と環境で最大の効果と売り上げを上げる! それがこの万年貧乏祓魔事務所の助手であるあたしの使命よ!……ん? 使命か? それって、あたしの使命?」


 なにか違う気がするとローズ首を傾げるが、今は時間が無い。とにかくできた商品をホームぺージにアップする。

『Roseの小部屋』と称したホームページ。ここでは主に、若い女性層に向けたアロマオイルや薬効のある香油を販売している。


「ええっと……ダマスク・クラシックをベースにした香油は普段使いにも、悪魔避けにもぴったり、と……」


『ゲヘナ開門』以来、世界には悪魔エイリアンが跳梁跋扈している。

 悪魔は花の香り、特に薔薇を嫌う。そのため、若い女性を中心に薔薇香油は今や、香水よりも需要のあるアイテムだった。


「さて、これでよし。あと残った分は……」

 専用の瓶に、フラスコから香油を慎重に注いでいく。一滴でも無駄にできない。

 万年貧乏祓魔事務所の経営を支えるため、限られた材料と環境で最大限の効果と売り上げを――。


「おーい、ローズ。そろそろ出かけようぜ」


 突然開いた扉から、長身の端整な顔がのぞいた。


 驚いて、思わず固定していた手元が動いた。医療用手袋をしているためフラスコを落とすことはなかったが、ばしゃ、と音がして香油がステンレス台の上に盛大にこぼれる。


「~~~~~リュカっ……」

「え? どうしたんだ、ローズ? トイレか? その作業、オレが代わりに――」

「ノックぐらいしなさいよっ、この無神経神父っ!!」


 ローズの怒声が、八畳一間の研究室ラボに響いた。

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