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――東京シティ西ブロック渋谷エリア 某燃料スタンド。


「……思いっきり怒鳴ったな、ローズめ」

 男はシルバーピアスの連なる耳を軽く抑えた。


 キャップから出る長めのダークブロンドを一つにくくり、オーバーサイズの白Tシャツにデニムという、どこの街にもありふれた若者のスタイル。

 しかしこの男にかかると、それが不思議とハイブランドのコーディネートに見えてしまう。


 精悍な黄昏色の双眸を宿す目元。繊細な顔の稜線は端麗な顔立ちを引き立てる。

 長身と長い手足、そしてしなやかな肉食獣を思わせる鍛えられた身体つき。

 男のそうした外見が、シンプルなコーディネートを映えさせるのかもしれない。


 ホバーバイクのハンドルを左手の人差し指で軽く叩き、視界斜め左に浮かぶ空中ウィンドウを閉じる。大きな溜息を吐いたところで、後ろから飛びつかれてバランスを崩した。


「うわっとっと」

 男の背中と両腕に、派手なミニスカート姿のギャルたちが三人、群がっている。

「やだー何あの子、超ヒスじゃーん。めっちゃコワいんですけどぉ」

「お兄さんリュカっていうの? 名前もカッコよ!」

「祓魔師なの? 超エリートじゃーん」


 男――リュカ・アルトワは引きつった笑みを浮かべる。


「いや、俺はフリー祓魔師なんだ。狩師かりしってやつさ」


 フリー祓魔師。通称、狩師かりし

 彼らは祓魔師資格を持ちながらも、何らかの理由で所属教会や寺院から抜けた者たちだ。

 祓魔師の「おちこぼれ」と言われる彼らは、生活のために悪魔を狩り、賞金を稼ぐ。


 ゲヘナ開門以来、悪魔による犯罪とそれに伴う社会の治安悪化はSAFだけでは対応しきれなかった。

 迅速な犯罪解決と防止のため、苦肉の策として、SAFは犯罪者に賞金を懸けるようになった。


 悪魔、もしくは悪魔に憑依された憑依体の犯罪者は『悪魔案件』として、普通犯罪者よりも格段に高い賞金が掛けられる。

 フリー祓魔師は『悪魔案件』、または個人の祓魔依頼を受けることで報酬を得ていた。どれもこれも綺麗な仕事ではないため、正規の祓魔師からは嫌悪の目で見られる。

 しかし賞金稼ぎのシステム上、「おちこぼれ」であるはずのフリー祓魔師の稼ぎが、祓魔師協会に所属する祓魔師の給料を軽く超えることも多々ある。そうした事情も、祓魔師の嫌悪感をあおっていた。


 ゆえに、フリーの祓魔師を揶揄し、また、普通の賞金稼ぎと区別もするために、狩師かりしという俗称が存在するのだった。


 同じ技術を持つ祓魔師でも、かたや聖人、かたや「おちこぼれ」の小人しょうじん――協会所属祓魔師とフリー祓魔師の社会的扱いには、それだけの格差がある。


「それより、さっきの通話聞いただろ? ものすごく執念……嫉妬深いカノジョでね。てわけで、君たちに被害が広がっちゃうから、遊ぶのはまた今度ってことで」

「ええーっ、お兄さんみたいなイケメン、めったにいないしぃ」

「ちょっとだけ遊ぼーよ」


 群がるギャルたちに愛想笑いを返しつつ、

(早くしろ早く満タンになれ……)

 リュカはホバーバイクの燃料計のメモリを睨む。手にしたホースに手ごたえを感じた瞬間、メモリに『full』の文字が点滅する。

 リュカは急いでホバーバイクにまたがった。


「ほんとーに残念だけどまた今度!」

 群がる極彩色のギャルたちをやんわりと振り切って機体を動かそうとしたところで――向こうから横切ってきた誰かと鉢合わせた。


「おっと」「きゃあ!」


 咄嗟とっさにハンドルを切ったのでぶつからずに済んだが、相手の抱えていた荷物が地面に派手に散らばっている。


「うわ、すいません!」


 リュカはあわててホバーバイクを降りて散乱した物を拾い集めた。


「いいの、気にしないで」


 長い豊かなブルネットをかき上げた女は、移民と日本人の混血らしいエキゾチックな美人だ。鼻梁びりょうが高く瞳が青く、日本人のような華奢な体つきでありながら女体らしい凹凸がこれでもかと強調されている。


 即座にギャルたちからブーイングが起こる。


「お兄さん反応しすぎー」

「わかりやすすぎー」

「鼻の下のびきってるって」

「え? え? そんなはずは――」


 落ちた日用品、ひげ剃りやボディソープやパン、缶詰などを拾いつつ、リュカは己の鼻の下に手を当てた――刹那、リュカの双眸が鋭く動いた。


「伏せろ!」


 リュカはギャルたちを覆うように地面に伏せる。

 抑圧された発砲音が響いたのはその一瞬後。


「!」


 すぐ近くの燃料供給機に黒い穴が穿うがたれる。リュカの腕の下でギャルたちが悲鳴を上げた。


「やだやだ! なにこれやばい!」

「逃げよう!」


「待て! 動くな!」

 叫んだが、ギャルたちは立ち上がり、一目散に燃料スタンドの出入り口を目指す。


 刹那、再びくぐもった銃声が連続で響き、細い悲鳴と共に血潮を吹いて次々とギャルたちが倒れていった。さらに銃声が重なり、逃げようとする人々が嘘のように倒れていく。


 白昼のスタンドは一瞬にしてパニックに陥った。


「くそっ、イカれてんな昼間っから」


 リュカは周囲に目を走らせる。スタンド奥のトイレから男がわめきながらこちらに向かってきた。その両手にはそれぞれハンドガンが握られ、狂ったように弾を連射している。おそらくフルオート銃。

 乱射された弾に当たり人形のように倒れていく人々、逃げようとしてタイヤに流れ弾があたり、スリップしてぶつかる車と車。

 悲鳴と破壊音の中、リュカは低姿勢で走り、穴の開いた燃料供給機の影に滑りこみ、ホルダーから0・2秒で黒い銃身を構える。


 旧式の回転式拳銃リボルバーS&W/M&Pを改造した物で、リュカが『セラフ』と呼ぶ長年の相棒だ。


 男の足に照準を合わせた瞬間――横からの衝撃にバランスを崩した。


「両手を挙げて銃を捨てて!」

 驚いたリュカの目に、さっきの美女が銃を構える姿が映った。


「レナぁっ、そいつを押さえてろよっ」

 乱射男は叫びながらこちらへ向かってくる。どうやら美女は乱射男の仲間らしい。

「……まいったな」

 リュカは銃を足元に落とし、両手を挙げた。


 乱射男は弾切れになった銃を苛立たし気に地面に叩きつけて、リュカの目の前に立った。


「貴様、俺を撃とうとしていやがったなっ?!」

「いやあ、だって燃料スタンドで銃乱射とかダメでしょ? 止めないと――」


 がっ、と嫌な音がしてリュカの身体が嘘のように飛んだ。男がどこをどう殴ったのか、殴られたリュカでさえ見えなかった。


「ははははははははは! 死ね! 死ね!」

 地面に落ちたリュカを、男は執拗に蹴りつける。ボールのように転がるリュカの身体を蹴りつけ、男は哄笑を上げる。


「もういいわクロウ、やめて!」

 美女が叫び、リュカと男の間に入った。


 瞬間、後ろ手で、美女は何かをリュカに向かって落とした。

「……?」

 痛みにうめきつつ、その何かを視界に捉える。同時にサイレンの音を耳が拾った。JSAFと救急隊の車体が国道の向こうに見えた。


「ちっ、行くぞっ、レナっ」

 男はスタンドの隅に停めてあった赤い車に飛び乗った。美女も助手席に滑り込む。


「……ごめんなさい」

 美女がそう呟いたように見えたのは、混濁する意識が見せた幻だったのかどうか、リュカには判断できなかった。


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