第2話 古代人

「あなたは誰なの? どこから話しているの?」


 ぺたぺたとモニターを手で触りながらローダが訊ねる。


「俺はレイだって言ったろ? 今ローダちゃんは俺の中にいるんだぜ?」


「あなたは、私が中に入っている金の像なの?」


 ローダはついにレイがなんであるか理解した。


「そう、そうなんだ!」


 レイは伝えたいことが伝わり、非常に喜んだ。


「じゃあ、ここから出る方法を知ってる? ここにずっといるんだよね?」


 ローダは一刻も早くここから抜け出したかった。

「勿論! 俺がどうやって運ばれて来たと思って……」


 レイがカメラを向けた先には瓦礫に押しつぶされた通路があった。


「どうしたの?」


「いや、何でもない」


 彼は、非常に焦りながら様々な探知機を起動させる。それに対応してコックピット内に様々な図が投影された。そして、崩壊した基地の中に生存信号を一つ確認した。


「なに?これ」


 ローダの困惑をよそに、レイは自身の周りの人間用の通路を押しつぶしながら発進した。


「ごめん! 説明してる暇はないんだ」


 慣性制御によって、高速で動くレイの中にいるはずの彼女は影響を受けず、ただ虚像が壁や床や天井をぶち抜いていくだけの映像を見ている。


「なに、これ……」


 やがて、レイは生存者の信号のある場所へたどり着いた。しかし、そこには呼吸も心臓の鼓動も体温もほとんどない男が倒れていた。


「悪いローダ」


 レイは、倒れていた軍服の男を手でつまんで自身のコックピットを開けてその中に放り込んだ。コックピット内の彼女は武骨な男の体に押しつぶされるようになることを予測して身構えたが、暗い赤色の髪をした男はコックピット内でふわりと浮いている。


「いったいなんなの!?」

 

 ローダはコックピットシートの上で頭を抱えていた。レイは地面を貫いて地上に現れ、街にいるもう一体の巨像を発見した。


「あれは、ゴッザか。なにをやっているんだ?」


 彼は状況が理解できず、のこのことゴッザという名の巨像に近づいて行った。


「おーい、そこのパイロット。一体何をしてるんだ? こっちは基地が壊滅してるんだ。状況の説明をしてくれ」


 無防備なレイに向けて、3キロメートルほど遠く離れた位置からミサイルが放たれた。すぐさま彼はそれを感知して飛んでくるそれの方向を振り向いて両手で受け止め、重力波で押し潰そうとしたがあることに気が付いた。


「右の赤いボタンを押してくれローダ! 武装の使用権がそっちにあるんだ!」


「えっこっこれかな……」


 彼女は右にあるボタンを押し、武器の使用権はレイに渡る。黄金の巨像の両手は空中の一点に向けた重力を生み出し、ミサイルの爆発を両手の間の小さな範囲に押し込めた。


「なんなんだ?」


 状況に困惑するレイを尻目に青色の巨像は迎えにやってきたティルトローター機(回転翼の角度を変えることができる回転翼機)に乗って、飛び去った。そして、牽制のように再びミサイルが彼に向けて飛んでくる。


「またか!」


 彼が飛翔体に対応をしようとしたとき、コックピット内で男が目を覚まし、ローダを押しのけてシートに座り、赤いボタンを長押しして操作をコックピットメインに変更した。


「この信号は友軍のはずだが……」


 操縦桿を握っている男は、飛んでくるミサイルに標準を合わせ、引き金を引く。レイの額の丸い銃口から光線が放たれて火薬と推進剤の詰まった魔法瓶を両断し、強烈な爆発を引き起こした。カメラが煙に包まれ、コックピット内の景色は煙だけになるが、レイはそれに構わず突き進む。


「移動用の装置は……これか」


 座席の横にあるレバーが引かれると、レイの脚部の重力推進機が電子楽器のような音と共に作動する。


「飛べ!」


 軍人が左右の操縦桿を同時に前に倒した。巨大な像は空中に浮きあがり、地面に平行になった後、真っすぐ前に空気の音を立てずに飛び始めた。


「急に目を覚まして、他人を吹っ飛ばすってどういう思考してるの!?」


 ローダが男に掴みかかろうとするが、片手で雑にあしらわれて尻もちをついた。


「ちょっと待て」


 黒い眼の男はシートの後ろに手を伸ばし、液晶と少しのボタンがついたアームを引き出して、数個のボタンを押した。液晶に横向きの直線が映る。


「こちら、グゴ軍のザック・フリーデ大尉。攻撃の理由を問いたい」


 液晶の直線が僅かに震えて、画面が消えた。


「対話する気がないのなら獣と同じだ!」


 ザックという名の男は空中に投影されている地図の縮尺を小さくした。そして、海上に船の反応があることを確認した。


 数度のミサイルをレーザー光線で防ぎ、煙とレーザー光線を抜けていくと三連装砲が一基と大量のVLS(ミサイルを垂直に発射する装置)、そしてガトリング砲の近接防空システムが二つ搭載されたミサイル駆逐艦の姿が現れる。レイは空中から数発のとりもち弾を発射してVLSとガトリング砲を無力化した後、艦橋の前の甲板に着地して連装砲をもぎ取り、海に放り捨てて無力化し、バリバリと音を立てて艦橋のガラスに穴を開ける。


「降伏しろ」


 10mほどの巨体が船の上にあるというのは凄まじい威圧感だった。船の中の人員は誰も武器を持とうとはしなかった。


 帝国の港まで一時間ほどの航海時間が生まれた中で何も理解できていない三者は体育座りをしたロボットの中で情報を交わしていた。


「私が遺跡で見つけたんだよ」


 コックピット内を漂いながら自慢げに少女が語った。


「遺跡ということは、俺達の国はもう滅びたか、逃げたかしたんだな。レイ」


 男はそう言いながら空を眺めた。


「そっか、じゃあ俺もか」


 巨像の顔も空を向く。


「……あなたたちは、もうない文明の人なの?」


 彼女はきょとんとした顔で二者に尋ねる。


「そうだな」


「そうだよ」


 消えた文明の二人の答えは同じだった。


「ねえ、その文明にどんな病気も治す方法ってあった?」


 少女の切実な質問から生まれた数秒の沈黙。それを破ったのはレイの笑い声だった。


「ハハハハ、なんでザックが元気だかわかる? 俺は医療用の装置も搭載してるんだ。それもなんだって治せる」


 それは少女にとって余りにも衝撃的な言葉だった。


「じゃあ、私のお父さんの病気も治せる?」


「もちろん! まかせてよ」


 二人のやり取りを聞いていたザックは不安そうな表情をする。


「そんなに安請け合いして大丈夫なのか? 一生病院にされるぞ?」


「戦いに駆り出されるよりはいいさ」


「それも、そうか」


 レイの答えにザックは軽く頷いた。


「……そういえばさ、この船ってどれくらいの時代のものなの? 私にとってはすごく未来の技術なんだけど」


 ローダが話題を逸らしにかかる。


「ガキの頃近代史で習ったな」


「……じゃあ、戦艦ってどれくらいの技術?」


「中世の後ろのほうだな」


「そっかー」


 ローダはザックとの問答で少し落ち込んだ表情になる。


「どうかしたのか?」


 声も若干元気が失われていたため、心優しい軍人は彼女を心配した。


「私のお兄ちゃん、戦艦の艦長なんだよね。この船は俺の誇りだって。もし、この船が作れるようになったら、もう要らなくなるのかなって。今は戦争中だから強い船をたくさん作らないといけないし、私が生まれる前に造られた船だし」


 戦艦の艦長の妹は、未来の技術で作られた艦船を眺めた。


「……じゃあ、その戦争を終わらせちゃったら?」


 レイの提案は疑問を生んだ。


「なんで?」


「戦艦ってのはすごく高価なものだろ? それを終戦したからってすぐにぶっ壊すなんてしないんだ。記念艦っていってさ、飾るんだ。ここで戦争を終わらせればその戦艦は、終戦まで十数年生き残ったすごい船だ。俺の時代だと、軍艦は三年も使ったら9割沈んでんだ。それに、ローダはすぐに家族の事を気にする。そんな家族が死ぬかもしれない戦争はない方がいいよな?」


「うん。家族だけじゃなくて、周りの人も、いや、遠くの国の誰かが死ぬのも嫌」


 ローダは小さく頷いた。


「……まあ、俺は生命反応がすぐ近くにないと起動できない。起動できたのはローダのおかげなんだ。だから、君の自由に使ってくれ。そういや、ザックはどうする?」


 レイは、本来正規のパイロットであるはずの軍人を差し置いてそう言った。


「……俺は軍人だ。だからこそ平和を望む。協力するよ」

 ザックはコックピットハッチを開けて、海原を進む船の甲板の上に立った。青い海原は人の営みよりも雄大で、揺れている。ローダもそれに続いてレイから降りた。


「この海に、これ以上船や人が沈まないようにしたい……」


 そう呟いた少女を強風が襲う。可愛らしい頭巾は吹き飛ばされ、孔雀青の肌と、セミロングで金色の髪、そして御膳上等の翡翠のような瞳が太陽の下に露わになった。


「あの帽子、もう回収できないな。次は気を付けるんだぞ」


 海に浸かる頭巾を見ながらそう呟き、ローダの方を向いたザックは肌の色に驚きつつも差別だ何だという面倒な言葉を思い出して心の内に驚愕をしまった。


「うん。気を付ける」


 大地の底から蘇った者達の時は進み始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る