遺物巨像レイ

(Ⅳ)

第1話 遺物

 蒸気機関車は少女と男を載せて揺れている。地面には石の杭が打たれ、そこから半分の地面には草が一本も生えていない。もう一方の地面には美しい草原が広がり、大きな街まであるというのに。


 少女はつい最近の産業革命で競合と多様化を始めた雑誌を読んで、駅に到着するのを待っていた。売場で、航空機を落とした巨蟲や装甲車を潰した青い巨人だとかの雑誌を押しのけて非常に広い売り場を取っていた「我々の住んでいた場所は球体であった」という見出しの学術誌は、古代遺跡から情報を得て魔法の重要性が薄れるほど文明が発展してもなお、高く狭い島に住む国家と戦乱を続け、外洋へ漕ぎだす余裕もなかったことが理由となり、外洋にも国や大陸がある。という帆船時代の情報だけが残っていて、他に世界の事を考えるつもりもない帝国民にとっても彼らの考えをひっくり返すほどの驚愕の事実であった。


 しかし、少女にとっては知ったところでそれはどうでもいいことだった。彼女は普段ならば他者の幸せを自分のものと同じくらい喜べる人間だった。幼くして母を失い、上の兄や姉がショックで妹として充分に彼女を扱えぬ中でも、必死に自分を育てた父の命の灯が消えようとしていたのだ。彼女は貴族であった。国家による手助けも十二分にあった。命の灯を吹き消そうとする存在は、21世紀の地球人にとっての慣性制御技術のようにはるかに手の届かないものだ。


 彼らの技術では糸口もつかめぬ正体不明の病で寝たきりの父を助けるには古代の超文明から同じ病の治療薬を探すほかなかった。


 草木の生えぬところには、遺跡がある。蒸気革命以前からずっと知られている話

だ。地質学者は人の手が加わらなければ土だけの地面などあるはずがないと断言した。


 列車は少しずつ速さを和らげていき、質素な駅で停車した。少女は電車から勢いよく飛び出して切符を駅員に渡し、列車の後ろの線路を飛び越えて、土の大地の上を駆けていった。


 少女は偶然にも、街への襲撃者から逃れたのだった。


 巨蟲が空を駆けている。航空機の8mmの機関砲も気にせず。それは、悠々とその体を保つために産卵に使った体力と魔力を補給するために、柔らかく多い生き物である人間を探しながら飛んでいる。


 その営みは唐突に消し飛ばされることになる。恒星歴2090年代に現れた大型光線銃は、野生魔生物の全てを葬ることが可能だった。戦争によって文明が失われると同時にほとんどが破損したか土に埋もれたそれを、機械の巨人が手に持って、蟲を撃ち抜いていたのだ。


 その異様な武器は、次に街にいた帝国軍に向けて使われた。装甲車も、固定砲台も、なんの効果も持たなかった。街は蹂躙されるのみだった。


 空気が湿り、地面は泥になっている。人にとって永劫の年月をかけて降り注いだ雨は、文明の進歩を地下に押し込み、その上に新たな文明を生み出した。


 空は晴れ、とろけた土を日の光が照らしている。大地を踏みしめる少女の服は、おおよその陽光と泥はねが素肌に触れることは防ぐことは可能だったが、一部の泥が発する化学合成された形容しがたい香りは、少女の派手な頭巾から垂れ下がったベールを素通りする。


 鞄から大型のシャベルを取り出し、それで泥を掻き分けていく少女の顔は喜びに満ちていた。自然界に在りえない香りというのはすなわち人の作った何かがあったということだ。


 やがて、シャベルは地下に眠る遺跡を掘り当てた。泥の中で誰にも聞こえぬ音を出して出入り口の操作盤が最期を迎え、閉じていたスライド式の着艦用ドアが開く。


 着艦用である。地面にゆっくりと戦艦を収容することが容易な規模の穴が開いていき、少女は泥まみれになりながら巻き込まれて、下へ下へと引き込まれていった。家族に伝えずに探索にやってきていた少女の上げる悲鳴は野盗にしか届かなかった。


「ガキの声だ」


 少女は、体を捻るような動作を繰り返して泥から抜け出し、崩壊しかけた暗く湿った機械仕掛けの遺跡内を歩き出した。ふと手をついた壁に、スイッチがあった。たちまち施設は明るさを取り戻し、少女が地面だと思っていたものが下へと動き出す。真っ暗な地面の中に閉じ込められ、少女は悲鳴を上げて壁を叩くが、エレベーターは無慈悲にさらに地下へと動いて行った。


 少女は、死を感じた。しかし、すぐにエレベーターは目的の深度に到達した。


 ドアが開き、電灯の明かりが少女にこの場所にあるただ一つの巨像の存在を少女に示す。


「金色の像?」


 少女は、通路を通って像の胸の前に行った。少女は、それに触れようと手を伸ばす。像の胸が開いて、少女はその中に誘われた。全周転モニターとリニアシートを持つ超文明の産物は、体の内の原始人に向けて語りかける。


「どうも、初めましての人間ちゃん。 俺はレイ。そのまま呼んで。君の名前は?」


「私は……ローダンセ・ノイ・リキシア。友達にはローダって呼ばれてるけど……」


「よろしくね!」


「はい……」


 明るいレイに対して、状況を何一つ分かっていないローダは首をかしげていた。


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