第016話 圧倒的
「よく頑張ったな。大した娘だ」
後ろから優しい声がした瞬間、あたしの右手に手を重ね方向を変えてくる。
「がぁぁぁ」
目の前のアニキ分の叫び声。同時にあたしたちの手にかかる生温かい液体。
「くっ」
手負いのアニキ分が後方に下がる気配がする。
そこで初めてあたしはゆっくりと瞑っていた目を開けた。
「うわっ!?」
思わずあたしの口から出る驚きの声、そしてその勢いと痛みであたしは再び地面に転びそうになる。
それもそうだろう。
あたしの眼前には先程迫ってきて思わず目を瞑ってしまったのと同じ位置に鉈があったのだから。
「おっと」
そんな声が後ろから聞こえ、あたしの体が支えられる。
そしてゆっくりと地面に降ろしてくれてから、こういった。
「悪いな。これ借りるぞ」
未だに重ねられた右手の短剣を優しく受け取る背後の人。
あたしは今まで手が重ねられていた事実を今になって意識し、途端に恥ずかしくなり頷くことしか出来ない。
「がぁ」
頷いた瞬間には、あの変態野郎が血を流して戦闘不能になる。
「え?」
あたしは一瞬のことで呆然となるが、どうやらあたしの短剣を投擲したようだ。
「てめぇ!何もんだ!!」
アニキ分が落ちていた部下の鉈を無事な方の右手で拾い、凄む。
その時にはあたしの後ろにいたはずの男がアニキ分の目の前に迫っていた。
「くっ」
アニキ分が咄嗟に片手で鉈を振るう。
「遅い」
迫った男がアニキ分の鉈を切り落としそのまま胴を薙ぐ。
「ぐぅ」
アニキ分は苦悶の声を上げ、戦闘不能になった。
「「「ひぃ」」」
残った増援組は逃亡をはかったがその男によって全員あっという間に戦闘不能になった。
「ふぅ」
男は一息つくと、あたしの方に体を向ける。
あたしはその時初めて助けてくれた男を見た。
身長はあたしより頭一つ分高いくらいだろう。
髪は白色で、目は鋭い印象を受ける。
自分のサイズよりも少し大きめの服を着ているが、鍛えられ上げた体はそれでも隠しきれない。
何よりも特徴的なのはその男の纏った雰囲気だった。
強大な雰囲気とでも言うのだろうか敵として相まみえることがあれば全力で逃げ出したい衝動に駆られるだろう。
だけど、逆に味方であれば心地良くて堪らないだろう。
このような雰囲気を持つ者は未だかつて会ったことは無かった。
「傷は痛むか?」
目の前にきてしゃがみ込み目線を合わせて聞いてくる男。
「だ、大丈夫です。助けてくださってありがとうございました!!」
九死に一生を得るとはまさにこのことだ。
あたしは命の恩人に対して精一杯お礼を言う。
「成り行きだから気にするな。すまんがちょっと我慢してくれ」
男が答えると手に持っていた鉈をあたしに向かって3回振るう。
余りの速さに目を瞑る余裕も無かった。
カランカランカラン
その後に3回音が鳴り、見るとあたしに刺さっていた3本の矢が半ばから切られていた。
「これで動くのがましになるはずだ。治療している時間がないのでもう少し辛抱してくれ」
「そうだ!まだ正門側で」
「分かっている。すぐ終わらせてくる」
あたしが言い終わるよりも早く男はそういうと、一度あたしの頭に手を置いてからいつの間にか消え去っていた。
「なまえ・・・聞きそびれちゃった」
あたしは男の置いた頭に自分の手を置きながら自然とそう呟いていた。
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