第90話

「まぁ……素敵ですわね!」


「是非、セレニティ様も試してみてくださいませ」


「ですがわたくし、アクセサリーをつける機会が少ないんですの。訓練もありますし」


「ならば、こちらはいかがですか?普段からでもつけられますわ」


「そうですわね。こうしてアクセサリーを身につけて、どこかに出かけることにずっと憧れていましたっけ……」



セレニティは前世を思い出して目を細めていた。

ベッドで寝てばかりいた桃華にアクセサリーは必要なかった。

いつも煌びやかに着飾っている母や姉を密かに羨ましいと思っていたのだ。


(わたくしがアクセサリーをつけているところなんて、なんだか想像できませんわ)


アクセサリーは持っていてもつける機会がないまま、宝石箱の中に閉まってあることを思い出す。



「セレニティ様……?」


「あっ、いえ……なんでもありませんわ!」



セレニティが誤魔化すように首を横に振る。



「では、こちらの指輪をつけてみてください」


「え……?ですが」


「髪飾りが包み終わるまでもう少しかかりますから」



店員にそう言われつつ勧められるがままセレニティは指輪やイヤリングをつけていた。


(こんなアクセサリーが似合う女性になりたいですわ)


キラキラと輝く宝石を自分がつけていると思うと信じられない気分である。

鏡を見て「わぁ……」と声を漏らす。



「こちらだとサイズが大きそうですね」


「指輪は訓練の時につけ外しが面倒かもしれないのはちょっと……」


「ならネックレスはいかがでしょう?」


「それなら毎日つけられますわね」


「セレニティ様は小ぶりな石がついたものと、こちらのネックレス、どちらがお好きですか?」


「そうですわね……どちらかといえばこういう感じのデザインが好きですわ」


「まぁ……!素敵ですね」



セレニティと女性店員の会話を聞いていたスティーブンは再びショーケースの中を無言で指さした。

スティーブンと同じように無言で頷いて、あるものを取り出した男性店員は裏へと入っていく。

とスティーブンが背後から問いかける。



「セレニティ、気に入ったものはあるか?」


「どれも素敵で綺麗ですわ」


「セレニティ、もしも欲しいものがあれば……」



スティーブンが何が言いたいのかわかったセレニティは静かに首を横に振る。



「ありがとうございます、スティーブン様。ですが今日お付き合いしていただいただけでも嬉しいのでお気持ちだけちょうだいいたします」



セレニティはこうしてスティーブンを振り回しておいてプレゼントまでしてもらったらいたたまれないと思っていた。

セレニティの気持ちを汲んでか「わかった」と言って離れていく。

こうしてスティーブンの紳士的で控えめな部分も、セレニティは好ましいと思っていた。

包み終わった髪飾りを受け取り店を出る。

セレニティは馬車に戻る途中でいい香りが鼻を掠める。



「スティーブン様、この匂いは……?」


「露店ではないのか?」


「露店……!露店というのはあの、マルク様がおっしゃっていた訓練を終えた後に食べると味が忘れられないというアレですわね!?」


「お祖父様はセレニティに何を教えたんだ」


「ソフィー様もマルク様と訓練後にこっそりと抜け出して、食べた串焼きの味が今でも忘れられないと聞きましたわ!」



セレニティはよだれを啜るのを耐えながらチラリとスティーブンに期待を込めた視線を送る。

セレニティの視線を感じたのか、小さく肩を跳ねさせたスティーブンは咳払いした後に「……行くか」と呟いた。

それを聞いて空に手を上げて無言で喜びを露わにするセレニティにスティーブンは吹き出すようにして笑っている。

スムーズに注文しているスティーブンの様子を見てセレニティは感動していた。

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