第88話

しかし失態を晒しあった二人は何かを感じ取ったのだろう。

互いにいい距離感を保てることと体裁を守れること。

リュシアンとトリシャにとって、これ以上都合の良い相手は他にいないそうだが、そのきっかけとなる更に驚きなことがある。



「トリシャお姉様と一緒にハーモニー隊長も嫁がれてしまうなんて……」


「ああ、俺もびっくりだった」



なんとトリシャよりも先にハーモニーが恋に落ちたのだ。

それがリュシアンの護衛、ヤンである。

リュシアンと同じ二十五歳で筋骨隆々とした傷だらけで無口な男性である。

一見すると恐ろしくて今にも殺されてしまうのではないかと思えるのだが、無口で顔が怖いだけでとても心優しい男性だ。


無数の傷は幼い頃からリュシアンを体を張って守ってきた勲章らしく、ハーモニーから傷の話を聞いてもアッサリと受け入れて、更にハーモニーよりも強いそうだ。


まさにハーモニーの理想の男性像、そのものだった。

それに加えて主君への熱い想いで意気投合。

二人に引き摺られるようにしてトリシャとリュシアンが巻き込まれていった……というわけだ。


なので、トリシャの盛大な結婚の裏ではハーモニーもヤンとの結婚も進められている。


アーナイツ王国とリタ帝国の仲はよくもなく悪くもなくといった感じだが、この件で繋がりは深くなるだろう。

実際、文化が大きく違うのだが、いつも色んな国を行き来しているトリシャとハーモニーにとってはさして問題はないらしい。

セレニティが学園に通うタイミングでトリシャとハーモニーはリタ帝国へと行ってしまう。

それがセレニティは嬉しい反面、寂しくて仕方ないのだ。



「思い出したらまた涙が出てきそうになりますわ……」


「リタ帝国は隣国だ。すぐに会えない距離ではない」


「そうはいいましても……っ、寂しいです」



二人に出会ってセレニティはとても可愛がってもらった。

一緒に楽しい時を過ごしてきた二人と気軽に会えないのは悲しい。

瞳に涙を溜めながらセレニティが堪えていると、スティーブンの手がこちらに伸びる。

困ったように眉を顰めて優しい笑みを浮かべているスティーブンの表情に釘付けになっていた。



「セレニティ、泣きたい時は泣けばいい」


「…………!」


「寂しい時は俺がそばにいる」



そんなスティーブンのバイオレットの瞳を見つめながら、セレニティの頬に一筋の涙が伝う。

優しく指が頬を滑った。

そんな仕草にセレニティの心臓は激しく音を立てていた。



「二人に比べたらあまり役に立たないかもしれないがな」


「そんなことありません。とても嬉しいですわ。ありがとうございます……スティーブン様」


「ああ、俺でよければいつでも頼ってくれ」



スティーブンは前からこんな風に優しかったはずなのに婚約者になってからは、かっこよさが以前よりも増していた。

いつのまにか馬車は城下町に到着していてセレニティはスティーブンのエスコートで馬車から降りる。


二人でトリシャとハーモニーが喜びそうなものを選んでいたのだが今回は迷っていた。

セレニティは度々、誕生日プレゼントは選んでいたが今回は結婚のお祝いプレゼントだ。

アーナイツ王国では花や石鹸などが定番ではあるが、セレニティはあることを思っていた。



「あの、スティーブン様」


「どうした?」


「わたくし、これを送ったら迷惑だと思われてしまうのでしょうか?」


「便箋と封筒か?」



セレニティは二人と離れることになっても繋がりが欲しいと思っていた。

だけど便箋や封筒を贈るのは連絡を催促しているようでなんだか気が引けてしまう。



「姉上とトリシャ王女ならば、セレニティから何をもらっても喜ぶと思う」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ、本当だ」



セレニティはスティーブンの言葉に背中を押されて雑貨屋で自分の分も含めて便箋と封筒を詰め込んだ。

もし渡せるような雰囲気ではなくとも自分は手紙をたくさん書くつもりだ。

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