第86話
マリアナは丁寧に腰を折って、邸の中に入っていく。
するとそれを見ていたスティーブンから声が掛かる。
「相変わらず、マリアナはセレニティに甘いな」
「ふふっ、そうなのです。口では厳しいですが、わたくしを一番に想ってくれる大切な家族ですわ」
「ああ、そうだな」
セレニティはマリアナの後ろ姿を見送りながら笑みを浮かべた。
シャリナ子爵家からついてきたのはマリアナだけだった。
マリアナはセレニティのもっとも信頼する人物であり、家族であることに変わりはない。
そのままスティーブンと談笑していた。
セレニティが野菜への愛を語っているのをスティーブンが嬉しそうに見つめている。
「セレニティ、頬に土がついている」
「このへんですか?」
「いいや、こっちだ」
スティーブンのゴツゴツと大きな手のひらがセレニティの頬を滑る。
「あの……ありがとうございます」
「……いや」
こうして以前ではまったく気にしていなかったことも、婚約者となった途端、スティーブンのことを男性として強く意識してしまうようになった。
それはスティーブンも同じようだ。
俯いて頬を赤らめている二人の元に歩いてくる初老の男性と女性が手を振っている。
「スティーブン、セレニティ、まだ時間はあるかい?」
「焼き菓子を作ったのだけど、中でお茶にしない?」
「マルク様、ソフィー様……!もちろんいただきますわ」
「お祖父様、お祖母様、お久しぶりです」
「スティーブン、久しぶりだね。随分と忙しいようだね」
「はい。トリシャ王女殿下のこともありますから」
セレニティは今、スティーブンの祖父母のところで世話になっていた。
『公爵』を早々に息子に渡して、王都から少し離れた閑静な場所で悠々自適の生活をしている二人の話を聞いたセレニティはここで世話になりたいと声を上げた。
セレニティは王都での煌びやかな生活も嫌いではないが、自然に囲まれた暮らしにずっと憧れていた。
それは前世でずっと部屋の中にいたことの反動なのかもしれない。
畑仕事もあると聞いたので、セレニティは大興奮。
マリアナを連れてマルクの邸で暮らしている。
「華美な暮らしはもうたくさん」と二人は言っており、使用人も社交も最低限。
セレニティは人生経験が豊富で尊敬できる二人のもとで今は色々と学んでいる最中だ。
何よりセレニティがもう少ししたら通う学園にも遠くない。
シャリナ子爵家からは遠く、ジェシーはセレニティに関わることができない。
学生でもない限り、学園に入れないからだ。
マルクの邸は見晴らしがいい場所にある。
馬車がくればすぐにわかるし、騎士団の団長をずっと務め上げた実力の持ち主であるマルク・ネルバー。
ソフィーもレイピアの使い手として名を馳せたそうだ。
ハーモニーの憧れであり、白百合騎士団を作ることを勧めたソフィー・ネルバー。
そしてソフィーの「セレニティ、あなたレイピアの方がむいているんじゃない?」という言葉を聞いて、レイピアを始めた。
ハーモニーと違い、小柄なセレニティには剣は重すぎるようだ。
今はソフィーからレイピアの手解きを受けている。
小柄な体を活かして素早さと連続の攻撃で勝負するのだという。
今はソフィーから一本取るのが目標だ。
「張り合いがあっていいわ~」
ソフィーの口癖だが、未だに一本取れたのは数回だけ。
その実力はマルクにさえ劣らなかったということもあり、凄まじい強さである。
今はネルバー公爵邸に通い、体術を習いつつもレイピアでの手合わせをお願いしている。
どうやらソフィーの見立てが正しかったらしく、レイピアに持ち替えてからはセレニティはメキメキと頭角を表していた。
スティーブンもそんなセレニティに張り合うように力をつけているそうだ。
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