第85話


「まぁまぁまぁ!マリアナ、見てちょうだいっ」


「……はい」


「この艶々で元気そうな子たちは食べても美味しいですし、栄養もあるなんて……ああ、なんて素晴らしいのかしら」


「……はい」


「太陽の光をたくさん浴びて育ったのでしょうね。実際に目にしますとやはり神秘的ですわ!はぁ……なんて幸せなんでしょう」


「…………」



いつも通りマリアナのどこか呆れた視線を感じながらセレニティが持つ焦茶色のカゴの中に入っているのは色とりどりの野菜だった。


空には雲一つない青空が広がり、太陽の光はじりじりと肌を焼いていく。

汗がじんわりと浮き出る感覚に幸せを噛み締めていた。

一方で不満そうな侍女のマリアナは、動くセレニティに日傘をさしながら「そろそろ屋敷に戻りましょう」と言って、セレニティを説得している。

しゃがんでから野菜が入ったカゴを横に置いて、セレニティはマイペースに土の匂いを思いきり吸い込んで深呼吸をしていた。



「……なんて素敵なのでしょうか!」



足元には柔らかい土。

その上に生い茂るのは青々とした野菜たち。

空には燦々と輝く太陽、どこまでも広がる空や流れる雲を永遠に眺めていられるような気がした。

それに雨にも風にも負けるとこなく強く逞しく生きている植物を見ているとセレニティも強くあらねばと思える。

毎朝、早起きしては畑や花の世話を欠かさないセレニティ。

宝石のように艶々と輝く野菜を見ていると元気をもらえた。



「今日も豊作ですわねね!」



ご機嫌なセレニティとは違って、マリアナは何度も何度も重たいため息を吐いている。

土だらけになってもいいように作業用の服を着ているのだが、毎朝それを着るたびにマリアナは苦い顔をする。



「セレニティお嬢様、今日はトリシャ王女の結婚が決まったお祝いのパーティーに渡すプレゼントを買いに行くと言っていたではありませんか!」


「ああ、そうだったわ!大変」


「そろそろ準備をしませんとスティーブン様が迎えにいらっしゃるのですよ?」


「マリアナの言う通りだわ。そろそろ準備をしてもいいかもしれないわね。どうして楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうのでしょう……」


「毎朝、同じ言葉を言ってますよ」


「プレゼントはスティーブン様と買うとして、この採れたてのお野菜も持っていきましょう!」


「持っていきません」


「でもマリアナ、ここにあるものはトリシャお姉様の好物ばかりよ?」


「なりません!」



セレニティとマリアナが畑の上で言い争っていると、こちらに向かって歩いてくる一つの影があった。



「セレニティ……またマリアナに怒られているのか?」


「あら、スティーブン様!ごきげんよう、いい朝ですわね」


「ああ、今日も楽しそうだな」


「もちろんですわ!どんな天気でもこの子たちのお世話は欠かせませんもの!」


「ははっ、そうか」



カシスレッドの髪は太陽の光で輝きを増している。

眩しそうに細められているバイオレットの瞳。

スティーブンは軽装でセレニティの元へ歩いてくる。



「スティーブン様、笑っている場合ではありません!セレニティお嬢様がトリシャ王女殿下のお祝いにこちらの野菜も持っていくと言うのですよ!止めてくださいませ」


「セレニティらしくていいんじゃないか?とても美味しそうだ」


「まぁ!スティーブン様、さすがですわ」


「スティーブン様……!セレニティお嬢様を甘やかすのはやめてくださいませ」


「あら、マリアナ。スティーブン様はこのお野菜の価値をちゃんとわかってくださっているだけよ!それにハンカチに刺繍だってしたし、今からスティーブン様とトリシャお姉様へのプレゼントを買いに行くもの!」


「はぁ……今回だけですからね?今日のお野菜は私がシェフに届けて綺麗にしてもらいますから貸してください」


「ありがとう、さすがマリアナだわ!」



マリアナは他の侍女に日傘を渡すと、セレニティから野菜の入ったカゴを受け取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る