第二部 四章

第84話


『俺もセレニティが特別な存在だと思っている』

『好きだ。セレニティ』


あの時の高揚感と声色は今でもはっきりと覚えている。

スティーブンのカシスレッドの髪も揺れるバイオレット瞳はセレニティにとっては輝いて見えた。


あの後、三年もの間に渡り保留していたスティーブンとの婚約をセレニティは了承をすることになる。

まさか自分がスティーブンに幼い頃から気にかけてもらい、恋心を寄せられていたとは夢にも思わなかった。


(わたくし、驚きすぎて腰が抜けるかと思いましたわ)


セレニティがそう思うのも無理はないだろう。

スティーブンとはずっと友人として接してきたのもあるし、男性として意識したことはほとんどない。

無意識にはあったのかもしれないが、前世を含めてセレニティになってからも恋愛経験は皆無。

知識はあっても初めてのことばかりだ。

だがスティーブンを婚約者として、また男性として意識するようになったからか、なんだか照れ臭くてたまらない。


いきなり物語のようや恋人関係になることはできない気がしていたが、確実にスティーブンへの気持ちは変化していた。

そんなセレニティの気持ちを理解してくれているのか、スティーブンも急に距離を詰めることなく、セレニティのペースに合わせてくれている。


変わったことといえばパーティーにはスティーブンと必ず同席するようになったことや、令嬢たちから大人気だったスティーブンの婚約者がセレニティだと周囲に伝わったことだろうか。


そして建国記念パーティーの日にネルバー公爵を救ったことでネルバー公爵家と王家から感謝されたセレニティは以前のような嫌がらせを受けることはなくなった。

それにセレニティがネルバー公爵から預かった手紙を国王に届けようと急いでいた際に、メリー・ペネロから階段から突き落とされたことも関わっているような気がしていた。

取り巻きの令嬢たちが手のひらを返したのかメリーの悪質な嫌がらせ内容が広まり、ネルバー公爵家と王家から睨まれているペネロ侯爵とメリーは嘘のように大人しくなる。


そしてセレニティにとって最大の問題である姉のジェシーのことだ。

スティーブンに激しい恋心を寄せてアピールしていたジェシーがセレニティがスティーブンと婚約した一件で黙っていられるはずもない。


スティーブンやハーモニーはそんなジェシーの危険性を長い間、関わっていたことで理解してくれていたのだろう。

セレニティに危害が及ぶ前に対処したいという理由から動いてくれた。


「これ以上、セレニティに危機が及ぶのは我慢ならない」


スティーブンは実際にシャリナ子爵邸に行き、それを感じとっているであろうネルバー公爵と夫人に協力を求めた。

セレニティの両親、シャリナ子爵たちもそれにはなにも言うことができなかった。

ネルバー公爵や夫人、スティーブンの前でも失礼な態度を取り続けたジェシー。

負い目があるからかシャリナ子爵たちもジェシーの件に関しては何も言い返せなかったようだ。

実際、彼女の暴走を止めることはできていない。


そしてネルバー公爵夫人からセレニティがスティーブンと結婚して、ネルバー公爵家に嫁ぐまではセレニティとジェシーを引き離す提案がなされた。

閉鎖的な屋敷の中では、セレニティが何をされてもわからない。

それにスティーブンを諦める様子がないジェシーと、スティーブンの婚約者であるセレニティを一緒にすることは危険だと判断したそうだ。


セレニティは行儀見習いとしてネルバー公爵家や王家、スティーブンの幼馴染でブレンダ・セリカのセリカ公爵家へ行くことにしようかと思ったが、もうすぐ学園に入学することと白百合騎士団としての鍛錬もあるため断念。

そして何よりスティーブンの婚約者となることや彼の希望でその件はなくなった。


そしてセレニティは今、どこに身を寄せているかと言うと……。

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