第82話


「!?」


「セレニティの意思を優先して欲しい、とな」



セレニティはスティーブンを見た。

ネルバー公爵のこの言葉を聞いた瞬間、ジェシーは目を見開いて体は硬直しているのか微動だにしない。

スティーブンは重い口を開いた。



「こんな形にしたくはなかった。直接、伝えるべきだとわかっていた。忙しいことなど理由にならないとわかっている」


「え……?」


「誠実な対応ができなかったことでセレニティが怒るのも当然だと思っている」



セレニティはスティーブンが何を言っているかわからなかった。



「気持ちには答えてもらえなかったが、俺はセレニティのことが……」


「申し訳ありません。スティーブン様、先程から何の話をされているのですか?」


「……?」



スティーブンとセレニティは互いに噛み合わない会話に首を傾げていた。



「手紙を送ったんだ。二週間程前に……」


「手紙……?わたくしも手紙を送りましたが、スティーブン様からの返事はもらっておりません。お忙しいからだと…… そう思っていたのですが」


「返事がない?どういうことだ?俺の元にもセレニティからの手紙は届いていないが……」



セレニティは自分がペネロ侯爵の件を報告するために手紙を書いたこと。

そしてスティーブンからの手紙が届いていないことを話した。

スティーブンは「そんなことが……」眉を顰めて考え込んでいたが、覚悟を決めたように口を開いた。



「以前、話があると言っただろう?」


「はい。覚えております」


「セレニティのことが好きだ、と……手紙に書いたんだ」


「……!」



セレニティは大きく目を見開いた。

そして頭の中ではジェシーにスティーブンがセレニティに宛てた手紙を奪われたのではないかと、そう思った。

だが証拠もなく今は問い詰めることもできない。

ジェシーは隣でワナワナと震えている。


もし手紙を受け取れていて、スティーブンに好意を告げられていたのだとしたらなんて返事をしていただろうか。

そう考えてセレニティは自分の気持ちを改めて考えていた。


(もしも今、スティーブン様と結婚することになったら?)


そう考えて初めて会った時に比べて、明らかにスティーブンへの気持ちが変化していることに気づく。

スティーブンと一緒にいる時間が心地いいと思う。

他の令息達とは違う胸のドキドキが不整脈などではなく、恋だというのなら……。


そんな時、ネルバー公爵夫人が静かに口を開いた。



「セレニティと四人で話したいのだけれど、よろしいかしら?」



ネルバー公爵夫人の提案に両親は「もちろんですわ」「どうぞどうぞ」と言って頷いてから立ち上がる。

スティーブンの気持ちを聞いて、自分達の利になると判断したからだろう。


両親はセレニティの耳元で「失礼がないように」と呟いて立ち上がる。

「ジェシー、行くぞ」と父が声をかけるがジェシーはこちらを鋭く睨みつけている。


しかし母と父と数人の侍女達は無理矢理ジェシーの腕を掴んで去っていく。

これ以上、ネルバー公爵夫人の機嫌を損ねたくないと思っているのだろう。

ジェシーと母の言い争う声は部屋の外から響いていた。

ネルバー公爵と夫人は金切り声が遠くから聞こえる扉を見ている。

セレニティは深々と頭を下げた。



「……お騒がせして申し訳ございません」


「大丈夫よ。あなたのせいじゃないとわかっているもの」



優しく微笑むネルバー公爵夫人を見ていると、小説に意地悪な姑としてセレニティを嫌っていた夫人と同一人物とは思えなかった。



「以前は気が動転していて、あなたに御礼も言えずにごめんなさいね。あなたはわたくし達の恩人よ」


「……いえ!」



ネルバー公爵夫人の優しい笑みと安心したような表情を見て、セレニティも微笑みを返す。

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