第79話


(このやり方がジェシーお姉様でできればいいのだけれど……)


ジェシーには約束も誓約書も意味がない。

セレニティと血が繋がる家族が故にジェシーの方が数倍厄介だと言えるだろう。


そのままペネロ侯爵と放心状態のメリーを送り出した。

それにセレニティの希望は全て満たせたのでいいとしよう。


(これで一年後に通う学園でも静かに過ごせそうでよかったわ)


セレニティはスティーブンに今回の報告と御礼をと思い、手紙を書いていた。

しかしいつまで経っても返事が返ってこない。


(……お忙しいのかしら)


律儀なスティーブンが珍しいと思った。


そのままスティーブンは話す間もなく、ナイジェルについて外交のために隣国に行ってしまう。

スティーブンと顔を合わせることはなかった。

トリシャとハーモニーも別件で会えず、ブレンダも忙しいようで手紙のやりとりはしているものの、最近は寂しい思いをしていた。


両親はというと少し前までセレニティがネルバー公爵の応急処置をしたことをまるで自分のことのように鼻高々に自慢していた。

シャリナ子爵邸でもセレニティを褒め称えていた。

あんなにも騎士として働くことに嫌な顔をしていたのに今では進んで背中を押している。

マリアナが「調子がいいですね」と苛立っていたがセレニティもそう思っていた。


両親の期待はジェシーからセレニティに移り、セレニティを守るように動いていたお陰か、セレニティに迫ろうとするジェシーの勢いも抑えられていたように思う。


しかしその話題が次第に落ち着いてくると、効果も切れてくる。

両親はいつも通りに戻り、スティーブンが国にいないこともありジェシーも不気味なほど大人しく学園に通っていた。

セレニティはのんびりとした日々を過ごしていたがある日を境にジェシーの態度が、悪化して以前のように戻ってしまう。

夜中にブツブツと呟く声が聞こえたり、フラリと出かけることも増えた。


三週間経過してナイジェルとスティーブンが帰還したとマリアナから聞いたセレニティは喜んでいた。

白百合騎士団の他の団員と共に訓練を受けていたものの、ハーモニーの厳しい指導がないのは寂しく感じていたからだ。


そんなある日、セレニティ宛にネルバー公爵家の家紋の蝋が押されている手紙が届いた。

両親が不安そうに見守る中、セレニティは封筒を開いた。

そして両親に手紙の内容を伝えると……。



「一週間後、ネルバー公爵達が邸を尋ねてくるってどういうことなの!?」


「セレニティ、また何かやらかしたのか!?」


「またペネロ侯爵みたいにならないでしょうね!」



スティーブンからではなくネルバー公爵からの手紙だったのだ。

それを父と母に見せるとこの反応である。

セレニティは「わたくし、何もしておりません」と、否定しつつも心の中では式典での御礼ではないかと思っていた。


(きっと動けるくらい傷がよくなったのですね……!よかったわ)


セレニティはそう思って呑気に考えていた。

そしてネルバー公爵が訪ねてくる日、シャリナ子爵邸は朝早くから大騒ぎだった。



「今日もいい朝ね……幸せ」



しかしセレニティだけはマイペースにいつも通り、軽食を食べながら窓の外を見ていた。

普通に起きて、体はどこも痛くなくて、美味しくご飯が食べられる。

こんなに嬉しくて幸せなことはない。

何年経ってもセレニティは普通に過ごせることの感謝は毎日忘れなかった。


マリアナが急いだ様子で右手にブラシ、左手に布を持って待機している。



「旦那様が作戦会議をするから早く来いと急かしておりますよ!」


「まぁ……それは行きたくないわね」


「セレニティお嬢様」


「はーい、わかってますわ」



セレニティはマリアナの視線を感じてソーサーにカップを戻してからテーブルに置いた。

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