第78話


「そうですわねぇ……スティーブン様のお陰で無事でしたわ。スティーブン様はわたくしの代わりに怪我をしてしまいましたけど」


「……っ!これ以上、我々を敵に回してシャリナ子爵は社交界をどう生き残るつもりかね!?」



ペネロ侯爵はテーブルを叩いて立ち上がり、苛立ちを露わにしている。

ガタガタと震えていた父と母は肩を揺らした。

こういう圧力をかけてくるのが腹立たしい限りだ。

セレニティは溜息を吐いた。



「……ペネロ侯爵。今日は謝罪ではなく圧力を掛けて、この件を揉み消しに来たのでしょうか?それならば、わたくしもどんな手を使ってでも対抗させていただきます。話は以上です。どうぞお引き取りくださいませ」



セレニティから笑顔が消える。

ペネロ侯爵はそこまで言われるとは思っていなかったからグッと悔しそうに唇を噛んでいる。

爵位は下で子供ということもあり甘く見ていたのだろう。

今日、セレニティが折れるまで引くつもりはないのだろう。


普通ならばセレニティに対しては金で揉み消して終わりだろうが、間にスティーブンが入っているとなれば下手に動けなくなってしまった。

腹立たしい、そんな思いが透けて見えている。

しかしセレニティの言葉に腰をかけて息を吐き出した。

まだ話し合いは続くようだ。



「まどろっこしいやりとりはやめよう。何が望みだ……?金か?」



ペネロ侯爵の鋭い視線にも低い声にもセレニティは全く動じることがない。

焦る両親を横目にセレニティはニッコリと貼り付けたような笑みを浮かべたままだ。

交渉の場において感情を出せば終わりだ。

セレニティは見当違いの回答に同じように返す。



「そういえばネルバー公爵のお見舞いに行こうと思っておりますの。それから国王陛下から今回のことで褒美をと仰ってくださったのですが……その時に今回のこともお話しさせていただこうかしら」


「……ッ!?」



ネルバー公爵と国王の名前を出すとペネロ侯爵は嘘みたいに青ざめていく。

ペネロ侯爵は膝に手を置いて肩を震わせている。

そしてセレニティに向かって頭を下げる。



「メリーにもう一度、チャンスが欲しい。頼む……このとおりだ」


「…………」



ついにペネロ侯爵は折れたようだ。


(わたくしも引き時ですわね)


これ以上、責め立ててしまえばシャリナ子爵の立場も悪くなってしまう。

下手に恨みを買うのも今後においてよくないだろう。

裏で何をされるのかわからない。

それにネルバー公爵にもスティーブンにも迷惑をかけることは避けたかった。

自分の立場が弱い場合はセレニティが優位になる条件で引き下がった方が賢明だろう。



「わたくしからの条件はメリー様の誠意ある謝罪と、わたくしやシャリナ子爵に危害を加えないという確固たる約束ですわ。今ここで誓約書を書いてくださいませ。同じものをスティーブン様にも渡したいと思っております」


「~~~っ!」


「よろしいですわよね?」



渋るペネロ侯爵にセレニティはダメ押しとばかりたにニッコリと笑った。



「……っ、わかった。そちらの条件を全て飲もう」



セレニティが頷くと、ペネロ侯爵はメリーに声をかける。

メリーは大きく肩を揺らした。



「も、申し訳ございませんっ、セレニティ様!わたくし、わたくしは今回のことっ、心から……反省しております」


「…………」


「今までのこともっ、ごめん、なさい……っ!ごめんなさいっ」



メリーの言葉にセレニティは頷いた。

メリーはその後、わんわんと声を上げて泣いている。

誠意は篭っているかは別として反省はしているようだ。


(この一件が、メリー様の成長に繋がればいいけれど……)


セレニティに対しての暴言や乱暴があった場合の罰はペネロ侯爵家とメリー自身に影響を与えるものにした。

今度は絶対に逃げられないように……。

その場で誓約書を作成して二人のサインを書き込んでもらい完成である。

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