第77話
突然現れたペネロ侯爵は「申し訳ないが、話したいことがあるのだがいいだろうか?」と押しかけるように訪ねてきた。
どうやらスティーブンが忙しく、ネルバー公爵が治療に専念しているこのタイミングをわざわざ見計らってきたのだと思った。
ペネロ侯爵の隣で高圧的で自信に満ち溢れていたメリーは今ではすっかり小さくなりガタガタと震えている。
「お父様、ごめんなさい、ごめんなさいっ」と譫言のように呟いている。
どうやら今回、彼女は相当辛い目にあったようだ。
ペネロ侯爵は「大事な書簡だと知らなかった」「メリーが階段から突き落とした証拠はない」と語った。
セレニティはその言葉から逃げた取り巻きの令嬢達にはもう圧力をかけた後なのだと悟った。
何より証拠はないと言い切っている時点でセレニティの考えは間違っていないはずだ。
そしてメリーの取り巻きの令嬢達もペネロ侯爵の案に乗っかるに違いない。
(ペネロ侯爵の方が一枚上手ね……さすがだわ)
しかしこの一件で罰を軽くしたところでセレニティはメリーや取り巻きの令嬢達がセレニティを逆恨みする可能性が高いのではないかと思っていた。
それは間近でジェシーを見ていて、ジェシーと似ているメリーだからそう思うのだろう。
違いは両親の対応だろうか。
シャリナ子爵家はジェシーを手に負えないと放置している。
しかしペネロ侯爵の怒りはメリーの怯え具合からわかる通りだ。
「メリーが君を突き落としたという証拠はない」
「証拠がないのならば、何故メリー様はその場から逃げたのでしょうか。やましいことが……あったからではないのですか?」
「……っ」
「それにメリー様はわたくしを階段から落とす際に笑っておられましたわ。わたくしは明確な殺意があるのではと判断いたしました。数年前のことを恨んでのこと。今後、自分の身がまた危険に晒されるかもしれないと思うと、わたくしも引くつもりはありませんわ」
「──メリーッ!」
「……ひっ!」
メリーはその言葉に体を縮こませて耳を塞いでいる。
ペネロ侯爵の舌打ちが聞こえた。
「彼女が遊び半分で人の命を軽んじたことをわたくしは許すつもりはありませんわ」
「だからこうして言い聞かせているではないかっ!」
「その言葉をわたくしの前で言うこと自体、メリー様の罪を認めていることになりませんか?」
「……っ、口を慎め!」
「あらあら。怒るのは構いませんが、これでお話が終わりならばわたくしは構いませんわ。どうぞお引き取りくださいませ」
口元を押さえて和やかに微笑むセレニティを見て、ペネロ侯爵は自らを落ち着かせるように咳払いをして話を続けた。
「……だが公子はメリーが君を落としたのを見たわけではないのだろう?あの場では書簡の内容もほとんどの貴族に知らされていなかった。全て公子の気を引きたい君の妄言だということはないのかね?」
ペネロ侯爵はメリーを守ろうと動いている。
ここでメリーが罰を受ければ家名に傷がつき、メリーを失ってしまう可能性もある。
セレニティは笑みを崩さないまま反論するように静かに口を開いた。
「三年前までわたくしはメリー様に執拗に何度も嫌がらせを受けてきました。それを見ていた方は今までに大勢おりますわ。もちろん今ここで名前は明言いたしませんが……」
「……っ」
ペネロ侯爵の眉がピクリと動く。
名前をセレニティが言わなければ口止めしようがないからだ。
証人を立てようと思えばいくらでも立てられる、セレニティはそう伝えているのだ。
「もしそれが事実ならば私から謝罪しよう…………だが、メリーには未来がある。この年で修道院に送るの些か忍びない。それに一度の過ちは誰にだってあるだろう?今回は怪我をすることなく無事だったんだ」
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