第76話
「気遣いはありがたいが、大した怪我ではない」
「綺麗なお顔に傷が残ったら大変ですよ?」
「大丈夫だ」
スティーブンはセレニティを庇った影響か、ズボンが擦り切れていたり、シャツのボタンが取れかけたりしている。
頬の傷は痛そうに腫れている。
「スティーブン様、頬の傷の治療だけでも。マリアナはとても上手いのですよ?」
「それはセレニティお嬢様が怪我ばかりするからでしょう?」
「……ごめんなさい」
マリアナの言葉にセレニティはしゅんと肩を落とした。
「スティーブン様、ネルバー公爵夫人が心配されますよ?」
セレニティの言葉にスティーブンは少し考えたあとに頷いた。
「なら、頼もう」
「マリアナ、お願いね」
「すぐに終わらせます」
それからマリアナは風のように動いて救急箱を取りに向かい
スティーブンの右頬の傷を手当てをしていく。
セレニティはマリアナが持ってきた濡れた布でスティーブンの汚れを拭いていく。
そしてスティーブンを再び馬車まで送っていく。
「スティーブン様、お気をつけて」
「セレニティ、感謝する」
「はい。お気をつけて」
セレニティはそう言ってにっこりと笑った。
するとスティーブンはそっとセレニティの手を掴んでから手の甲に口付けた。
バイオレットの瞳が真っ直ぐにセレニティを見つめている。
「この件が終わったら、セレニティに伝えたいことがある」
「わたくしに……?」
「二人きりでゆっくりと話がしたい。その時にセレニティに俺の気持ちを聞いてほしい」
セレニティの気持ちは大きく揺れていた。
スティーブンの言葉にドキドキと心臓が音を立てた。
「……はい。わかりました」
「御礼はまた今度、改めて」
数回、セレニティの頭を撫でてから背を向けてスティーブンは馬車に乗り込み去って行った。
セレニティはスティーブンの突然の行動に困惑していた。
しかし何故だか頬が赤くなっていく。
(この気持ちは……何?)
セレニティはマリアナに名前を呼ばれるまでその場で立ち尽くしていたのだった。
その後、セレニティはその場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。
緊張の糸がプツリと切れたようだ。
心配しているマリアナに連れられるがまま体を綺麗にして舞踏会に戻るかと思いきや……セレニティは体力の限界を迎えてベッドでスヤスヤと眠っていた。
だから不機嫌なジェシーが舞踏会の途中で帰ってきたことも知らないままであった。
次の日、目を覚ましたセレニティは朝日を浴びながらボーッと紅茶を啜っていた。
その日のうちにネルバー公爵の状態についてドルフ医師が早馬で手紙を届けてくれた。
容体も安定しており、あとは傷が塞がるまで安静にしていれば問題はないそうだ。
セレニティはその手紙にすぐに返信を書いた。
スティーブンはあの日から一週間経ったが姿を見ていない。
どうやらネルバー公爵の代わりに騎士達をまとめたり後処理に追われたりして忙しい日々を送っているようだ。
(あの時、何を言おうとしたのかしら……)
そこからはいつも通りの日常が戻ってきたかと思いきや、違った。騎士達や令嬢達の態度が大きく変わったのだ。
それは勿論、式典の際にセレニティがネルバー公爵を救ったことが広まり評価された結果だった。
随分と味方が増えたからか社交界での居心地も随分とよくなった。
そしてスティーブンが動いてくれたのか、メリーは重い処罰を受けることとなった。
メリーの取り巻きの令嬢達もそうだ。
しかしペネロ侯爵達が真っ青な顔で謝罪に訪れた。
そこにはメリーの姿もあった。
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