第75話


「セレニティ、何かあれば遠慮せずにアタシ達に言うんだぞ」


「ありがとうございます」



ハーモニーはセレニティの肩に手を添えた。

いつも守ってもらってもらい感謝しかない。

「あとは任せろ」そう言ったハーモニーに手を振ってセレニティはスティーブンと共に会場の外に出た。

誰もいない階段をゆっくりと降りていく。


空を見上げれば無数の星がキラキラと輝いていた。

怒涛の一日だったが、この疲労感も体の痛みも誇らしく思えた。

そして馬車に乗り込む手前でセレニティはスティーブンに声を掛ける。



「あの、スティーブン様」


「どうした?」


「わたくしのことはいいですから、このままネルバー公爵の元へ向かってくださいませ」


「……!?」



スティーブンはセレニティの言葉に目を丸くしている。

スティーブンの心情を考えればすぐにでもネルバー公爵の元に向かいたいはずだ。

セレニティを子爵邸に送っている場合ではないことはわかる。

スティーブンの心情を汲んで出てきた言葉だったが、彼は驚いたのは一瞬だけで首を横に振った。



「ですが……」


「父上には母上がついているのだろう?それに姉上も言っていたとおり君は父の命の恩人なんだ」



スティーブンはそう言って微笑んだ。

セレニティは迷ったが、スティーブンが一度決めたことを曲げないことは間近で見て知っていた。

それにここで時間を使っても仕方ないとセレニティは頷いた。


ネルバー公爵家の馬車に乗り、セレニティはスティーブンと談笑していたが、疲れからか眠気が襲ってきてウトウトしてしまう。

しかしスティーブンの前では耐えていると「少し休んだほうがいい」と言われてセレニティは首を大きく横に振る。

しかし次第に瞼は重たくなっていく。


馬車にもたれるようにして眠ってしまったセレニティをスティーブンは見つめていた。


ガタリと馬車が跳ねるのと同時にセレニティの体が大きく揺れた。

スティーブンはセレニティの体が倒れないように支えてから随分と薄くなった左頬の傷を撫でた。

ピンクベージュの髪を一束とったスティーブンはそっと口付けた。


セレニティに恋心を寄せてから何年経つだろうか。

それから心変わりすることなく、ずっとセレニティだけを見つめてきた。

けれど自分が思いを向けることで彼女の自由を奪ってしまう。

嫉妬に狂った令嬢達は容赦なくセレニティを傷つけてしまうのではないか。

セレニティの笑顔が自分のせいで見られなくなってしまったら……そう思うと踏み出せなかった。


『聞いてみなければ、相手がどう思っているかわからないではありませんか!』


今度こそ気持ちだけは伝えよう。

そう思っていたが、なかなかタイミングが合わず、うまくいかなかった。


セレニティは今も美しく輝きを放っている。

令息達の視線を見ればすぐにわかる。

誰かに取られてしまう。

セレニティに触れられないなんて考えたくもない。

けれどセレニティを傷つけたくない。



「セレニティ……君が好きだ」



そんな声は静かな馬車の中で響いていた。




* * *




あの後、スティーブンに声を掛けられるまでセレニティは眠り続けていた。

ハッとして顔を上げた時にはもうシャリナ邸に到着していた。

必死に謝るセレニティをよそに「俺も疲れて寝てしまっていた」とスティーブンは言っていたが、スティーブンがセレニティを気を遣わせないようにしたのだろうと思った。


いつまで経っても屋敷に帰ってこないセレニティを心配したマリアナが泣きそうな表情で出迎えてくれた。

小言が始まるかと思いきや、セレニティの格好を見て何かを悟ったのか、ただ無言で抱きしめてくれた。

そしてスティーブンの頬の傷や破れた服を見たマリアナは「スティーブン様、お怪我を治療していってください」と声をかけた。

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