第73話
はじめてのお姫様抱っこに恥ずかしいやら何やらでセレニティはパニックになっていた。
(こ、これがずっと憧れていたお姫様抱っこ……!)
スティーブンに抱えられるがまま階段を上がっていくがセレニティはずっと両手で顔を覆っていた。
会場に入ると、二人に注目が集まった。
貴族達はそっと道を開けていくが、そこにはシャリナ子爵と夫人の姿もあった。
ド派手な赤と金のドレスを着たジェシーは愕然としながらこちらを見つめている。
スティーブンの耳元に唇を寄せて小声で「そろそろ下ろしてください」と頼むが彼は首を横に振っている。
どうやらスティーブンはこのまま進むつもりらしい。
「また誰かに絡まれたら危ないだろう?」
「も、もう大丈夫ですわ……!」
「いや、だめだ」
スティーブンの視線の先にはジェシーの姿があった。
鼻息荒くこちらを睨みつけるジェシーを見て、セレニティは大人しく身を任せた。
アーナイツ国王と王妃が座る壇上の手前でスティーブンはセレニティをそっと下ろす。
スティーブンに御礼を言ってから国王達を護衛している騎士に声を掛けた。
セレニティが「ネルバー公爵から手紙を預かっております。陛下に御目通りを」というと騎士は僅かに目を見開いた後にすぐに動く。
順に貴族達から挨拶を受ける国王の元へと向かい、騎士が耳打ちする。
セレニティに気づいたのか国王は挨拶をしている貴族達に声をかけてからセレニティに手招きをする。
セレニティは国王の前へと足を進めた。
隣に控えているトリシャとナイジェルも心配そうにセレニティを見ている。
セレニティは頭を下げたまま国王の言葉を待っていた。
「顔を見せてくれ」
「はい、陛下」
「ネルバー公爵は……無事なのか!?」
「はい。先程目を覚まされました。こちらはネルバー公爵から預かった手紙です」
「……本当か!?」
セレニティは驚く国王に手紙を渡した。
先程、階段を転がり落ちたせいか潰れて折れ曲がっているが、国王は気にすることなく震える手で手紙を受け取った。
リボンを解いて紙を広げると、文字を目で追っていく。
国王は安心したように息を吐き出すとセレニティを見つめた。
「確かに受け取った。ご苦労だった」
セレニティはネルバー公爵の手紙を届けられたことに安堵していた。
下がろうと腰を折ったセレニティの耳に届く小さな声。
「……友を助けてくれてありがとう。セレニティ、心より感謝する」
「!!」
アーナイツ国王の言葉を聞いてセレニティは顔を上げる。
心から安心したような表情を見てセレニティは目を見開いた。
ナイジェルとスティーブンのようにアーナイツ国王とネルバー公爵の仲にも特別なものがあるのだと思った。
セレニティがスティーブンの元に戻ると彼は会場にいた令嬢達に囲まれていた。
どうやら頬の傷やボロボロになっている服を心配してのことのようだ。
しかしスティーブンはすぐに令嬢達を制止すると、セレニティへと手を伸ばす。
令嬢達の視線を感じながらもセレニティはスティーブンの手を取った。
「姉上を探そう。きっと心配している」
「はい!」
セレニティとスティーブンがハーモニーを探そうとすると、国王と話しているセレニティを見ていたのか、ハーモニーとブレンダが人混みの中から姿を現した。
ドレス姿のハーモニーは新鮮で見慣れないが、色が濃くシンプルなドレスは彼女によく似合っている。
胸元が隠れているのは傷があるからだろう。
ブレンダもネルバー公爵の話をハーモニーから聞いたのか心配そうだ。
「セレニティ……!父の様子はどうだ!?」
「先程、目を覚ましてネルバー公爵夫人が付き添っています」
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